【ひとたび編集部が選ぶエンディング映画10選 08】PLAN 75 〜日本の将来を真っ向から描く衝撃〜
もし75歳以上になって”お金をもらって死ぬ”ことが選択できるとしたら、あなたはどうしますか?生きることを選択しますか?死ぬことを選択しますか?ひとたびの「編集部が選ぶエンディング映画10選」では、エンディングを題材とした映画を紹介しています。今回紹介する映画は、何か答えを与えてくれる映画ではなく、近い将来の日本に起こりうる世界を描くことによって、高齢者について深く考えさせられる映画です。
第7回では「永遠の僕たち」を紹介しました。こちらもぜひ合わせてご一読ください。
【ひとたび編集部が選ぶエンディング映画10選 07】永遠の僕たち〜死を意識することは生きること〜
第8回は2022年公開の「PLAN 75」です。このコラムでは珍しく最近公開されたばかりの邦画です。Amazonプライムビデオでも配信されているため、気軽に見ることが可能な作品となっています(本記事公開時点)。
そんな本作は新旧を代表するキャスト・スタッフによって製作され、世界各国で高い評価を得ています。監督は本作が初監督作品の早川千絵、主演は公開当時81歳の倍賞千恵子。彼女は日本を代表する大女優で、あの「男はつらいよ」シリーズで寅さんの妹さくらを演じています。
「男はつらいよ」の山田洋次監督とのコンビは他の作品でもタッグを組んでいることが有名で、一緒に作品に携わった数は60本を超えています。そんな大女優の9年ぶりの主演ということで、公開当時は話題になりました。
そして、市役所の職員役に磯村勇斗。彼は近年の邦画界を支えていると言っても過言ではないでしょう。話題作や問題作、演じる役も刑事からヤンキー、殺人鬼と多くの映画に色々な役柄で出演しています。
そんな新旧を代表するスタッフ・キャストが作り上げた衝撃作を、今回は紹介したいと思います。
あらすじ
※本記事にはネタバレ内容を含みます。あらかじめご了承の上、お読みください。
高齢化社会への対策として75歳以上の老人が死を選択できる「PLAN75」が施行された2025年の日本。夫と死別したミチは清掃員として働いていたものの高齢を理由に突然解雇され、家の立ち退きも迫られました。ただ、高齢者に家を貸してくれる大家はおらず、住む家が見つからないのが現状でした。
市役所で「PLAN75」の申請窓口係のヒロムは、その制度にモヤモヤを抱えながら働いていました。そんなときに長年会っていなかった叔父と再会。叔父は「PLAN75」を申請しに来ていたのです。時同じくミチも「PLAN75」に申請し、”その時”を迎えるまでのフォローをしてくれるコールセンターの担当者である瑤子と出会います。ミチと瑤子は仕事を超えた話しが出来る仲となり、ミチの夫との思い出巡りの相手として2人は実際に会うことになりました。情が移った瑤子は涙ながらにやめる事もできると伝えましたが、ミチの決意は固く、施設に向かいました。
施設では周りと一緒にガスを吸引し死ぬはずでしたが、ミチのマスクだけ故障のため死ぬことができませんでした。ミチの隣ではヒロムの叔父が亡くなっており、それを見たヒロムは取り乱してしまいました。その姿を見てか、ミチは施設を抜け夕日を見つめながら、生きると決意したのでした。
みどころ
日本の未来を描く恐怖
誰もが日本は超高齢化社会になっていることを知っていて、それを実感する機会も増えてきました。そして、高齢者ばかりの日本に様々な危機が待ち受けていることについても、理解している人がほとんどだと思います。
ただ、誰もがそれを映像化することを避けていて、昔のように老人が敬われる映画やドラマばかりを作っています。しかし、この映画はその危機を真正面から受け止め、描ききっています。映画とは思えないリアリティあるストーリー、見た人は必ず日本の将来について考えると思います。そして、自分自身にもその危機が近づいていることを理解するでしょう。
例えば、①日本の人口が減る、②労働者人口が減り、経済が衰退する、③労働者が減ることで税収が低下し、公的介護に必要な資金が集まらない、④更に税収を上げる、といった悪循環が今の日本を脅かしている問題です。「老後は年金をアテに生きよう」と思って準備をしてこなかった人も、少なからずいるでしょう。そんな方は、年金が想定よりも支給されなかったり、病院に通いたくても十分なお金が無いため病院へ行けなかったりなど、なすすべなく孤立してしまいます。
しかし、そんな時にこの映画のような制度があったとしたら、どうするでしょうか?75歳になると、自ら死を選べる制度です。少なくとも安らかに眠りながら息を引き取ることができますし、事前に別れを伝えたい人に伝えることができます。また、自分がいなくなることで若い世代の税負担が軽くなります。決して悪いことばかりではありません。
そして何が悲しいかというと、この制度の何が悪いのかを説明できない点です。メリットは確実に存在しており、「自殺と一緒だ」「倫理観に反する」といった声もあるでしょうが、感情論を抜きにしたデメリットは存在しないように思えます。
そういった日本の将来を描くことによって、自らの将来に起こりうる危機を描きつつ、自分の死生観をも見直させようとする、この映画のテーマやメッセージ性には強く衝撃をうけるでしょう。
絶妙な職業設定
主人公ミチがPLAN75を選択する高齢者として描かれていますが、本作では他にもスポットライトが当たる登場人物がいます。市役所でPLAN75の申請窓口係をしているヒロム、コールセーターで働く瑤子、そして、夫と心臓の悪い娘をフィリピンに残し施設の清掃員として働くマリアの3人です。
この3人は、PLAN75という制度があるおかげで働くことができています。中でもヒロムは書類を通して、瑤子は電話を通してPLAN75に関わる仕事をしていることから、どこかこの制度を他人事に感じているのです。しかし、それが現実に起きていることを理解し始めてから、2人は違和感を覚えてしまいます。そんな中、マリアはPLAN75で亡くなった方の遺品整理もしており、金目のものは娘の手術費の足しにするために自分のものにしていました。娘の手術費や生活のため、文字通りマリアはPLAN75のおかげで生きることが出来ていると実感しているのです。
PLAN75とは高齢者に死をもたらす制度ですが、若者には生を見出す制度でもあります。そういった表裏一体の設定が、この映画の上手なところだと感じました。労働者人口が減っていく中で雇用を生み出し、制度のお陰で日本経済が成り立っているという皮肉にも感じられます。
働くことの価値
ミチはホテルの清掃員として立派に働いていました。しかし突然高齢を理由に解雇されてしまい、社会との繋がりが断絶されてしまったのです。元々ミチにはホテルでのコミュニティがあり、そこではリーダーシップを発揮し、仲間を引っ張る存在でした。ミチが夫を先に亡くしても逞しく生きていけたのは、そういった繋がりのおかげだと思います。
また、働くことにより社会に貢献し、生きている価値を見出していたとも思います。それが急に理不尽な通告によって食も住居も奪われてしまい、社会から外堀を埋められ、死へ導かれているようにも感じたでしょう。また、友人が家で孤独死していたり、今までの日常が次々と断ち切られ、強制的に死を意識してしまう環境下におかれました。ミチが生きる気力をなくし、PLAN75に申し込んだことは想像に難くないでしょう。
高齢者になれば働く環境の選択肢が減ってしまいますが、それでも60歳定年制度が崩れた今の日本では70歳、80歳になっても働く高齢者も多くいます。そういった方々はきっと、働くことで自身の価値を見出しているのではないでしょうか。
働くコミュニティの中で苦楽を話せる仲間を作り、そこで繋がりを感じて生きる希望を感じるという方は、現在の日本でも多くいるはずです。高齢になっても働くことに後ろめたさを感じる人達に対し、「繋がりを感じてほしい」という、この映画の中での数少ない希望のメッセージだと思います。
まとめ
誰もが分かっているけど描かなかった、日本の未来を真正面から描いた衝撃作です。賛否分かれる内容ではありますが、見終わったあとに誰かと気持ちを共有したくなる映画でもあります。少し人物描写が薄かったり、行動に唐突感があるなど脚本に稚拙さは感じられますが、それ以上に監督のメッセージは強く伝わってきます。この作品を見てしまったら、今後の生き方をしっかりと考えたくなります。答えは出ないかもしれませんが、考えるキッカケを与えてくれる作品であることに間違いはありません。
作品情報 | |||
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公開年 |
2022年 |
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監督 |
早川千絵 |
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キャスト |
倍賞千恵子 |