【ひとたび編集部が選ぶシニアが活躍する映画10選09】スワンソング〜人生を清算する旅〜
ひとたびの「シニアが活躍する映画10選」では、シニア世代が主役として活躍する映画を紹介します。今回紹介するのは、地元では有名だったヘアメイクアーティストが、過去の自分のやり残したことを清算していく映画です。ゲイでドラッグクイーンとして活躍していた主人公の誇りと栄光を描きながら、現代を静かに過ごす老人としての対比があり、静かながら人生を見つめ直させてくれる映画となっています。
第9回は「スワンソング」という映画を紹介します。
こちらは2022年に公開された作品です。シドニー映画祭作品賞やノルウェー国際映画祭批評家賞などさまざまな賞を受賞しており、知る人ぞ知る名作として人気があります。
主演はドイツ出身の名バイプレイヤーで、公開当時77歳の個性派怪優ウド・キア。日本では決してメジャーな俳優ではありませんが「アルマゲドン」や「ダンサー・イン・ザ・ダーク」など120本以上の映画に出演しており、顔を見たことのある方も多いと思います。
他には「アメリカン・パイ」「もしも昨日が選べたら」などに出演しているジェニファー・クーリッジや、1970〜1980年代のテレビを主戦場として活躍して41年ぶりに映画に出演したリンダ・エヴァンスなどが脇を飾っています。
監督はゲイカルチャーを描くのに定評のあるトッド・スティーブンスです。残念ながら過去に日本で上映された映画はなく、アメリカで3本のゲイ映画を撮っている方です。華やかさがなく展開もゆっくりで、見る人によっては中弛みしていると捉えてしまうかもしれませんが、見終わった後の静かな感動は間違いなく胸に来るものがあります。
そんな誰もが感動できるヒューマンドラマの隠れた良作を、今回は紹介したいと思います。
あらすじ
地元で有名なヘアメイクアーティストだった「ミスター・パット」ことパトリックは、現在、老人ホームで過ごしています。周りとは馴染めておらず、過去の栄光を思い返して部屋に籠るばかりです。
ある日、パットの元に弁護士が訪れてきました。ある理由で疎遠になった、旧友で地元の名士だったリタが亡くなったのです。弁護士は、葬式での死化粧をパットにお願いしたいという遺言と、2万5千ドルの報酬を伝えにきました。
パットは引退した身ということで乗り気になりませんでしたが、ふとやる気が湧いてきます。思い立って老人ホームを抜け出し、リタの葬儀場がある町へ歩き出しました。そして道中、出会った青年と交流を深めると、パットの一番弟子だったディーディーが町でサロンを開いてることを聞きました。町まで歩くのは難しいと判断したパットはヒッチハイクをし、乗せてもらった車を運転する女性と過去を振り返ります。
同性愛パートナーであるデビッドがエイズで先立ったこと、有名なヘアメイクアーティストだったこと、リタという名士と友人だったこと。話していると目的地につき、そこで別れを告げると真っ直ぐデビッドのお墓へ向かいます。
その後、パットは昔の自分の店があった場所へ向かいましたが、全く違うサロンになっていました。ディーディーについて聞くと、違う場所でサロンを開いてることを知りました。
昔の自宅も更地となっており、パットは寂しさを感じます。
パットは必要な化粧道具を万引きで手に入れました。しかし、絶対に必要なクリームだけはどこにもありませんでした。そこでディーディーのサロンへ向かい、昔ディーディーがパットの店の向かいにサロンを建てて顧客を取っていったことの恨みをつらつらとぶつけます。パットの恨みに根負けし、ディーディーは欲しがっていたクリームを無償で提供しました。
次に衣装が欲しくなったパットがブティックに向かうと、そこの店員はパットの店に昔一度だけ行ったことのある女性でした。パットはその時のことを鮮明に覚えており、女性は無償で衣装を提供します。
パットはリタの孫のダスティンに会い、昔のことを思い出し喜びました。しかし、いざ遺体と面会すると、パットはショックのあまりその場から離れてしまいます。
気を紛らわすために昔行きつけだったゲイバーへ向かうも、自分を知る人はいません。昔は人気者だったと懐かしい話をするばかりでしたが、バーテンダーから閉店パーティーがあることを教えてもらいました。
パットが店を出てベンチでお酒を飲んでいると、旧友のユーリスが現れました。ユーリスとの会話は弾んだのですが、しばらくするとそれが夢だと気付きます。ユーリスはとっくに亡くなっていたのです。
ゲイバーの閉店パーティーへ向かうと、昔の自分を思い出すかのようにドラッグクイーンとしてステージをわかしました。しかし、ステージで暴れたが故に倒れてしまいます。
病院で目覚めたパットは急いで葬儀場へ向かい、死化粧を完成させると、孫のダスティンは祖母のあまりの美しさに驚きます。
そして会場で座り込んでいたパットに、ダスティンは自分も同性愛者であるとリタに打ち明けた時のことを話しました。リタは「私の親友も同性愛者だから、気にしないで」と声をかけられ、それがとても支えになったとずっとパットに感謝していたことを告げます。
しかし、ダスティンが話している最中にパットは亡くなってしまいました。救急車に運ばれる最中、パットの靴がハイヒールで最後まで自分らしさを突き通していたことを知り、ダスティンは微笑みました。
みどころ
過去を清算する意味
本作は人生の終焉や死、そして再生というテーマを深く掘り下げています。
ウド・キア演じるパットは、地元に戻ってから過去と現在で全てが変わっていることを痛感します。友人や店、家といった人生で関わってきたものがなくなっており、何が残っているのかを見つめ直す旅になりました。自らの生き様や人間関係について考え、自分にとって本当に大切なものはなんだったのか、数々の友人との出会いと別れをキッカケに気付きます。
それが「自分らしさ」だったといえるでしょう。メイクすることが好きなのを思い出し、リタへの死化粧は渾身の作品と呼べるほどの美しさでした。さらに、行きつけの店の閉店パーティーでは、周りに「見ろ!これが私だ!」と言わんばかりのドラッグクイーンとしての格の差を見せつけました。
過去の心残りを清算したことで、本当にやりたかったことに気づく。これはきっと観客の方々に「気付き」を与えたのではないでしょうか。人生の意味や愛、後悔に感謝といった誰もが感じている普遍的な感情をテーマに描いており、見た人はパットの自分らしさに憧れを覚え、「自分ももっと自分らしさを出したい」と共鳴されることでしょう。
ウド・キアの圧倒的怪演
ウド・キアは、これまで120本以上の作品に出演しており、いつも印象的なパフォーマンスを披露してきました。その中でも「スワンソング」は、特にその演技力が際立っています。彼でなければ、ここまで説得力のあるキャラクターにはならなかったでしょう。
毒のあるウィットさをもちつつ、優しさとエレガンスさをあわせ持っており、立ち方、歩き方といった立ち振舞いだけでパットがどういった人物かが一目で分かります。
パットは監督の幼少期に出会った人物をモデルに描かれており、監督も相当の熱量を持って作り上げたキャラクターと推測できますが、そこにウド・キアの静かながら熱い演技が、見事な化学反応を起こしました。
見たらしばらくは頭から離れられないパットというキャラを作り出しただけで、この映画は成功といえるでしょう。
色彩と音楽の調和
スワンソングはとにかく色彩豊かな作品です。派手な服を身につけるパットはもちろん、田舎道や公園、海辺といった豊かなロケーションでの撮影で、視覚的に楽しめます。自然あふれる緑や青が要所要所で印象的な画となり、派手な色を身につけているパットと合わさると、引き締まった映像になります。
そして音楽も、聞き馴染みのある往年の名曲や、70年代のポップな曲などが多く使われています。しかもその曲の多くはパットの心情に合わせて流れてくるため、とてもおしゃれな印象を受けます。パットの心の動きがそのまま曲として観客に届くため、見ている人はより一層パットに共感し、映画の世界観に没入できるのではないでしょうか。
まとめ
印象的なキャラクターや普遍的なテーマ、映画としての見せ方がとても上手なため、惹かれる人にはたまらない作品だと思います。
「思い残すことがあれば、思い残すことがないように自分らしく生きればよい!」そんなメッセージを受け取れる映画です。映画を観た後は人生を清算する意味を考えてみるのもよいかもしれません。
公開年 |
2022年 |
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監督 |
トッド・スティーブンス |
キャスト |
ウド・キア |