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特集

【世界の葬祭文化29】メモリアルベンチで地域社会を豊かに ~世界のベンチに宿る記憶のカタチ~

【世界の葬祭文化29】メモリアルベンチで地域社会を豊かに ~世界のベンチに宿る記憶のカタチ~

あなたがふだん散歩している公園のベンチ。その背もたれを、じっくり見たことはありますか? もしかしたら、そこには誰かの名前と短いメッセージが刻まれているかもしれません。「メモリアルベンチ」―故人を愛した家族や友人が、その人ゆかりの場所に贈った、小さくて温かい記念碑です。イギリス発祥のこの文化が、今、日本でも広がりつつあります。日常の風景の中に故人の記憶をそっと刻むエンディングのかたちをご紹介します。

ロンドンの公園で出会う不思議なベンチ

花の咲くロンドンの公園 イメージ

ロンドンの公園を散歩すると、ベンチの背もたれに何か文字が彫られていることに気づくことがあります。「落書きかな?」と近づいてみると、そこには人の名前と生没年、そして短いメッセージが刻まれています。

「IN LOVING MEMORY OF ○○○ 1921-2003 She loved this park」

これは落書きではありません。「メモリアルベンチ」と呼ばれる、故人を偲ぶためのベンチです。亡くなった方の家族や友人が費用を出し、その人ゆかりの公園や広場に寄贈したものです。

ロンドン西部のケンジントン地区にある「ホーランドパーク」には、80以上ものメモリアルベンチが設置されています。広さは東京の日比谷公園ほど。バラ園があり、リスが遊ぶ雑木林があり、カフェやギャラリーもある、地域の人々に愛されている公園です。その散歩道のあちこちに、故人への思いを刻んだベンチがさりげなく置かれているのです。

「メモリアルベンチの聖地」と呼ぶ人もいるほどで、現存するもので最古のベンチは1983年に亡くなった方のもの。40年以上にわたって、この公園を訪れる人々を静かに見守り続けているのです。

文字から滲み出す切実な愛

メモリアルベンチに刻まれたメッセージをじっくり読んでいくと、見知らぬ故人の人柄や、遺族・友人との関係性がじんわりと伝わってきます。高齢で亡くなった方のベンチには、「IN LOVING MEMORY OF …」と始まる、比較的穏やかな文章が多いようです。しかし、若くして逝った方や幼い子どものベンチになると、言葉の熱量が違います。

「Funny, warm, loving, thoughtful and unique」(30代で亡くなった青年への言葉)

「The most gorgeous baby in the world」(1歳にも満たずに旅立った子への言葉)

言葉にしなければ、表現しなければ癒されない。そんな遺族の切実な思いと喪失感の大きさが、文字の向こうから押し寄せてきます。思わずその場に立ち止まって手を合わせる……。そんな体験をする人も少なくないようです。

ベンチで休む 犬と飼い主 イメージ

メモリアルベンチのすばらしいところは、「追悼の碑」でありながら、同時にごくふつうの「座るためのベンチ」でもあるところです。ホーランドパークのベンチを見ていると、熱心に語り合っているグループもいれば、子どもたちを見守るお母さんもいる。本を読む人、新聞を広げる老人、ジョギングの休憩でそのまま寝そべる若者、寄り添うカップル、犬と飼い主。そしてたまに、リスがちょこんとベンチの上で遊んでいる。

誰も「ここは故人を偲ぶ神聖な場所だから」などと遠慮していません。そのベンチに座っている人の多くは、刻まれた文字にすら気づいていないかもしれない。でも、ふとメッセージに目が留まったとき、誰かに深く愛された人がかつてこの公園を歩いていたことを、ぼんやりと想像する——。飾らず、気取らず、自然に風景の一部になっている。それがメモリアルベンチの持つ魅力のひとつなのです。

世界に広がるメモリアルベンチ

ニューヨーク セントラルパーク イメージ

イギリス発祥と思われるこの文化は、今や世界各地に広がっています。ニューヨーク市のセントラルパークには、なんと4,100個もの個人・記念用ベンチが設置されています。セントラルパークに1基専用のベンチを持つ——ニューヨーカーにとってそれは、ちょっとしたステータスでもあるとか。

カリフォルニア州マンハッタンビーチのビーチ沿いには、最大44基のメモリアルベンチが並んでいますが、こちらはなかなかユニークです。地元のアーティストがそれぞれの故人の「人生の物語」を遺族から聞き取り、その人らしさをデザインに反映させているのです。しかもベンチの内部には、寄贈者とアーティストだけが知る秘密の収納スペースがあり、個人的な思い出の品が収められているとか。ベンチが「小さなタイムカプセル」でもあるわけです。

アリゾナ州のあるケースでは、マウンテンバイクの事故で亡くなったアウトドア好きの女性を偲んで、家族が彼女のお気に入りの公園にメモリアルベンチを設置しました。訪れた人々がそのベンチを「スピリチュアルな体験」と呼び、刻まれたメッセージから彼女のことをもっと知りたいと思うようになったといいます。

また、インディアナ州では、住宅火災と事件で命を落とした6人の少女それぞれのために、ガールスカウトの仲間たちが資金を集め、学校の中庭にメモリアルベンチを設置しました。悲しみの中にいる生徒たちが、毎日そのベンチと共に学校生活を送る——グリーフケアとしての役割も果たしているのです。

メモリアルベンチで地域社会を豊かに

コミュニティ イメージ

メモリアルベンチには、故人を偲ぶ以外のもうひとつの大切な役割があります。それは、地域社会のつながりを育てるということです。寄贈されたベンチが公園や図書館の前、商店街の一角に設置されることで、そこが人々の集まる場所になります。ベンチがあれば人は座り、座れば会話が生まれ、コミュニティが生まれる。「故人からのプレゼント」が、地域を元気にしていくのです。また、基本的に市民や団体の寄付によって設置されるため、公共施設の管理コストを抑えながら、良質なベンチを公園に増やすことができます。財政的な側面から見てもありがたい仕組みです。

ロンドンでの設置手続きは、住んでいる地区の自治体に申し込み、費用(ロンドンの公園では平均1,000~1,500ポンド、約30万円)を支払えば、ベンチの製作からメッセージの彫り込み、設置まで手配してもらえます。10年から15年間は無償修理のサービス付き。ただし「お金を払えば誰でも」というわけではなく、その地域に長く暮らし、地域に貢献してきた実績が問われることもあるそうです。

メモリアルベンチは日本でも広がるか? 

桜の咲く日本の公園にあるベンチ イメージ

メモリアルベンチの文化は、20年ほど前から日本でもじわじわと浸透してきているのをご存じでしょうか。東京都や川崎市などにおける「思い出ベンチ」「まごころ記念ベンチ」と呼ばれる取り組みでは、故人の名前やメッセージを刻んだプレートを付けたベンチを公園内に設置することができます。

日本の場合、お墓や仏壇という故人を偲ぶ場所がすでに文化として根付いているため、「なぜわざわざ一般の公園に?」と思う方もいるかもしれません。でも、考えてみてください。

毎朝あの公園を散歩するのが大好きだったお父さん。あのベンチに座って海を眺めるのが日課だったお母さん。そんなその人らしい場所に「生きた証」を刻んでおくのは、とても自然なことではないでしょうか。

お墓は「故人のいる場所」として訪れるものですが、メモリアルベンチのある公園はあくまで「生きている人たちの日常の場所」です。日常の中に、さりげなく故人の存在が溶け込んでいる。それが、このメモリアルベンチという文化の持つ、温かさの正体なのかもしれません。

あなたのベンチで誰かが笑っている

ベンチでほほ笑む老夫婦

散歩好き、公園好きで知られるイギリス人らしい発想から生まれたメモリアルベンチ。「この世を去った後も、公共の場で生き続ける人々の憩いや楽しみのために、さりげなく役立ちたい」。そんな心意気が形になったものだとも言えるでしょう。

想像してみてください――あなたが愛したあの公園のベンチに、見知らぬ誰かが座って本を読んでいる。子どもたちがベンチの上で笑い声を上げている。犬が尻尾を振りながらベンチの周りをうろうろしている。そのにぎやかな風景の中に、あなたの名前が静かに刻まれている――。

なんともチャーミングなエンディングの形ではないでしょうか。「終活」という言葉がまだ重く感じられる方も、こんなふうに考えてみると少し心が軽くなるかもしれません。あなたのベンチをめぐる物語は、あなたが旅立った後も、ずっとずっと続いていくのです。

〈参考資料・サイト〉

●BRITISH MADE イングリッシュガーデンダイアリー イギリスのガーデンに置かれたベンチの意味は?

●The Park Memorial Benches Are Becoming The Popular Choice For Tributes To Local Citizens

●DAILY BREEZE Manhattan Beach to rethink Strand benches and tree dedications

●EastValley.com Weary hikers rest on memorial benches in Arizona mountains

●東京都 思い出ベンチ

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