【世界の葬祭文化14】自分らしい選択、ゴールとは?~アメリカの終活コーチング最新事情~
アメリカでは、終活は単に人生の終わりを準備するだけでなく、これまでの生き方を振り返り、新たなチャプターを始めるようなポジティブなプロセスとして捉えられています。そのプロセスをサポートし、自分らしいゴールを迎えるための人生のコンパスのような存在が「終活コーチング」です。 アメリカの終活コーチングの最新事情を見ていきましょう。
アメリカにおける終活コーチングの現状と重要性
近年は日本でもポピュラーになってきた「コーチング」ですが、その本場であるアメリカでは、ビジネスの分野に限らず、人生全般にこのコーチングが利用され、終活においても積極的に取り入れられるようになっています。
アメリカの「終活コーチング」は、個人に寄り添い、人生の最終章をより豊かに過ごすためのサポートワークとして重要性を増しています。一般的には「エンド・オブ・ライフ・プランニング」「アドバンス・ケア・プランニング」と呼ばれることが多いようです。その活動内容をいくつか挙げてみましょう。
〈人生の振り返り〉
クライアントがこれまでの経験や価値観を整理し、残りの人生で何をしたいのかを明確にする手助けをする。
〈遺言作成支援〉
弁護士との仲介役として、遺言の作成に関する手続きや、財産分与に関するアドバイスを行う。
〈医療に関する意思決定〉
医療者との仲介役として、終末期医療に関する希望や、家族へのメッセージなどを整理する。
〈デジタル資産の整理〉
SNSアカウントやオンラインストレージなどのデジタル資産の整理を手助けする。
〈葬儀や追悼式の計画〉
葬儀関係者に対し、葬儀や追悼式に関する希望を伝える。
〈コミュニティとのつながり〉
同世代の人々との交流や、ボランティア活動などに参加できるよう促し、社会とのつながりを深める介助をする。
〈心のケア〉
死に対する不安や孤独感といった心のケアを行う。
これらの多岐にわたる活動内容は、日本の「終活カウンセラー」と似ていますが、より実践的で、より多様な側面を持っているといえるでしょう。心理的なサポート、安心感を与えることを重視する終活カウンセリングに対し、終活コーチングは、クライアントが終活の目標を明確にし、それに基づく具体的なアクションを支援することが特徴となっています。
隠れ高齢化?アメリカ社会の背景
終活コーチングが活発化している背景には、複数の社会的な要因があります。まず挙げられるのは、やはり高齢化社会の進展ですが、2020年の統計(アメリカ国勢調査)によると、65歳以上の全人口に対する割合は16.8%。約6人に1人ですが、これは同時期の日本(28%)のおよそ6割に過ぎません。ヨーロッパ諸国と比べてもかなり低い数字です。
しかし、この人口統計の裏には「移民が多い」というアメリカ特有の事情があります。つまり過去数十年の人口増加分のおよそ半数は移民で占められており、結果として、高齢化に歯止めがかかっているのであって、出生数が減少し続けていることは、他の先進諸国と変わりありません。専門家は「現在進行している人口構成比の変化に対処する用意ができていない」と警鐘を鳴らしています。
こうした高齢化現象に加えて、人種や宗教、文化が異なる多様な社会において、個人の価値観に合わせた終活が求められていること、終活を家族だけでサポートすることが難しくなっていること、医療技術が進歩したために死の概念が複雑化していること、などの状況から、終活コーチングのニーズが高まっているのです。
死に対する価値観の多様化
アメリカにおける死の概念は、ヨーロッパからの移民の歴史や、多様な宗教の影響を受けてつくられてきました。そのため、キリスト教をはじめとする宗教的な儀式によって送られることが一般的でしたが、現代では、より個人主義的な価値観が強まり、死に対する考え方が多様化しています。
延命治療の拒否、終末期を過ごすためのホスピスの普及、自分の医療に関する意思を生前に示す「リビング・ウィル」という行為、遺体を堆肥にする「自然還元葬」や、遺体をアルカリ溶液で分解する「水火葬」などが葬儀の選択肢に加わったこと、そして「尊厳死」の合法化(2024年8月現在、オレゴン、カリフォルニアをはじめとする10州とワシントンDCで認可)など、これら今世紀に入って次々と起こった現象はすべて、個人の価値観の変化の具体的な現われと言えるでしょう。
終活コーチングのプロセス
終活コーチングを依頼するクライアントの大半は、終末期や死について考える高齢者、自らの健康状態や将来のケアについて考える慢性疾患患者、また、家族の終末期や葬儀についての準備をしたり、計画を立てたりする家族ケアの責任者です。
それでは具体的に終活コーチングのプロセスをたどってみましょう。
――大都市の企業で管理職として働いてきたA氏は、定年退職を機に故郷の街に帰って平穏な日々を過ごしています。しかし、その日常はしだいに「このままでいいのか」という疑念と焦りを引き起こし、彼はこころ穏やかでいられなくなってきます。
そんなとき、その町で終活セミナーが開かれ、A氏はそこで終活コーチと出会い、契約を結びます。そこから始まる対話(コーチングセッション)の中で、コーチはクライアントになったA氏の経験や思い出話を聞き取りながら、いっしょに人生のストーリーを振り返る「ライフレビュー」を実施。それをもとに、これからの理想の未来を視覚的に表現した「ビジョンボード」を作成します。
そしてコーチはビジョンボードに沿って、A氏の「価値観の整理」、弁護士などと連携した「遺言作成のサポート」、日本でも終活の課題になっている「デジタル資産の整理」といった仕事をサポートしていく――というものです。
コーチングを提供する事業者の実態
アメリカ国内で終活コーチングを提供する事業者は、その数が把握できないほど、近年、急増しています。事業形態としては個人が独立して提供する場合もあれば、専門の組織やサービスプロバイダーが提供する場合もあります。終活コーチは、法的に特定の資格は必要とされませんが、プロフェッショナルとしてクライアントに信頼されサービスを提供するためには、関連するスキルや知識を身につけることが必須になっています。
アメリカでは、終活コーチングは単に死の準備をするためのものではなく、人生をより豊かにするためのツールとして捉えられています。これまでの伝統にとらわれず、死について主体的に考え、自分の価値観に合った最期を迎えたい。自分自身と向き合い、残された時間をどう過ごすのかを考え、より充実した日々を送りたい。そう考える人が増えているのでしょう。終活コーチングのニーズはますます高まる一方で、今後はAI(人工知能の活用)の活用によって、さらにコーチングスキルも高度化していくことが予想されています。
終活映画『はじまりへの旅』
アメリカにおける死の概念の変化、そして家族の在り方の変化を示唆する傑作が「はじまりへの旅(原題:Captain Fantastic)」です。公開は2017年。表向きは誰もが笑って楽しめるコメディ&ロードムービーですが、その奥には現代社会への批評を盛り込んだ哲学的な内容が込められています。
映画は、主人公ベンとその6人の子供たちが、現代の物質主義社会から隔絶された森の中で、自給自足の生活を送る様子から始まります。そんななか、ベンは離れて暮らしていた妻の死を知り、彼女の遺志に従って、社会的・宗教的な慣習に縛られない形で彼女を弔おうと、子どもたちとともに行動を起こします。しかし、妻の家族・親族は伝統的なカトリックの葬儀と埋葬を望んでいるため、真っ向から対立することに……。
死はただの終わりではなく、家族の再評価や新たな始まりをもたらす重要な契機となる。そんなメッセージを込めたこの作品は、アメリカ社会における死生観の多様化を深く掘り下げ、伝統と現代の価値観がどのように共存し、衝突しているかを、コミカルなエンターテインメントのスタイルを使って、鮮やかに描き出しています。