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特集

【宿原寿美子さん特別インタビュー】心の棘を抜くきっかけを

【宿原寿美子さん特別インタビュー】心の棘を抜くきっかけを

葬送業界で幅広く活動する宿原寿美子さんは、死化粧師としてご遺体の旅支度を整え、ご遺族との心の交流を大切にしています。今回のインタビューでは、ご自身の体験を通じて、葬儀の役割やご遺族が抱える課題について考え、葬儀社に必要な心構えや、安心できる空間づくりの重要性を語ってくれました。

心の棘を抜くきっかけを

宿原寿美子さん

——死化粧師として、ご遺体やご遺族に話しかけながら施術を行うと伺いました。その意図を教えてください。

お話をすることで、ご遺族の心の棘を抜き、心身ともに安らかな気持ちで、故人を見送ってほしいという想いがあります。その際、私たちから一方的に質問するのではなく、ご遺族にたくさんお話しいただくことが大切です。そのためには、どの瞬間に心を開いてくれるのか、そのスイッチを見極めることも重要です。ただし、それは計算ではなく、自然な流れの中で生まれるものです。

——「スイッチ」が入るのは、どのような瞬間でしょうか?

ご遺族のご自宅で、ご兄弟お二人が見守る中、お母さまの施術を行ったことがあります。ご長男は非常に寡黙な方で、ほとんど言葉を発することがなく、弟さんもどこか遠慮がちな様子で、兄を気遣っているようでした。旅支度の一環として、お二人には、手甲(てっこう)や脚絆(きゃはん)をつけるお手伝いをお願いしました。そして、母さまの足元をめくると、脚がとても痩せていることに気づきました。

その瞬間、脚絆を手にしていたご長男の動きが、ぴたりと止まったのです。その場には沈黙が流れていました。そのとき、私の口から自然と出た言葉は「お母さん、脚が長いですね」という一言でした。思わずそう口にしてしまったのです。すると、その言葉をきっかけに、ご長男が堰を切ったように話し始めました。

幼い頃、お母さまが薬局を営んでいたこと。ズボンを履いてレジに立つ姿が印象的だったこと。そして、子ども心に「脚が長くて、かっこよかった」と感じていたこと。お母さまとの思い出を、懐かしそうに語ってくれました。

——お話をすることで、心を開く瞬間があるのですね。

すべてをお話してほしいとは思いません。ただ、最期の時間に伝えたかった想いを言葉にできず、その後のグリーフ(深い悲しみ)が長く続いてしまうこともあります。だから、私は「何か言い残していることはないのかな」とつい考えてしまいます。

心の棘を抜くのは私ではありません。ご自身の言葉で想いを語ることで、自らでその棘を抜いているのです。私はあくまで、そのきっかけを作る役割を担っているだけです。

ご遺族が安心できる空間をつくる

宿原寿美子さん

——ご自身の大切な人の別れについて教えてください。

仕事のスイッチが入ると、なぜか涙が出なくなることがあります。それは、母が亡くなったときも同じでした。あの日、母と何気なく会話をしていたのですが、突然、母が胸に手を当て動きが止まりました。声をかけても返事がなく、ただ事ではないと直感しました。

側にいた夫に救急車を呼んでもらったのですが、そのとき私は「119に電話して!」と冷静に指示を出していました。パニックになると救急番号を思い出せない人もいるため、自然とそういった言葉が出たのです。その瞬間私の中ではすでにスイッチが切り替わっていたのでしょうね。救急車が到着するまで母の脈を測り、車内でもどこか冷静な自分がいました。しかし、母が亡くなりしばらく時間が経って落ち着いたころ涙が止まらなくなりました。

——お母さまとの別れを通じて、何かを感じたり、考えたりすることはありましたか?

母が亡くなる前、母が仕事でずっと身につけていた腕時計を譲り受けました。葬儀社を営んでいた母は、私に葬儀において大事なことを教えてくれました。今、この腕時計を譲り受けたことで、今度は私がそれを伝える番かなと思っています。

——今、葬儀関係者に伝えたいことはありますか?

私は両親を突然亡くした経験から、誰かが冷静でいることの大切さを強く感じています。そのため、葬儀場で言葉に出さなくても、ショックを受けているご遺族の様子は自然と目に入ります。もしそういう方がいれば、ぜひ一言でも声をかけてあげてほしいです。

以前、若い娘さんが自ら命を絶たれたご家族をお見送りしたことがあります。妹さんを亡くしたお姉さんは、「長女の自分が頑張らなければ」と、これからの生活に責任を感じていくのだろうと様子を見ていて感じました。そこで、帰り際に「これから先、まだ大変なことがあるかもしれませんが、どうか無理をしすぎないでくださいね」と声をかけると、それまで緊張していた表情がやわらぎ、最後には笑顔を見せてくれました。

葬儀関係者の役割は、ただ式を進行するだけでなく、ご遺族が心を落ち着け、言い残したことがないと感じられるような安心できる空間を作ることだと考えています。しかし、現在の多くの葬儀では、進行が葬儀社のペースに偏り、ご家族が緊張したままになってしまう場面も見受けられます。このような状況が続けば、いずれ葬儀そのもののあり方が問われるときが来るのではないかと懸念しています。

遠慮せずに希望を伝えること

宿原寿美子さん

——葬儀社と接するときに、宿原さんが大切だと考えるポイントやアドバイスを教えてください。

まず大切なのは、遠慮しないことです。日本人には特有の控えめな気質があり、お客さまであるにもかかわらず、葬儀社に遠慮してしまう方が多いと感じます。私は時としてお客さまに、「最終的にお金を支払うのはお客様です。遠慮せずに言いたいこと聞きたいことを聞いて下さい、後で後悔することのないように」とお伝えします。

また、ご要望に応えられない葬儀社であれば、別の葬儀社を選ぶという選択肢があることも知っておいてほしいです。「こんなことをお願いするなんて……」と思わず、わからないことや希望はすべて伝えるべきです。

さらに、もしものときに備えて、事前に「こうしてほしい」という希望があれば、その理由も含めて家族に伝えておくことが大切です。そして、自分の希望を実現できる葬儀社を事前に探しておくのも一つの手段です。事前にできるだけ多くの情報を集めておくことで、後悔のない葬儀が実現できると思います。

プロフィール

宿原 寿美子(じゅくはら・すみこ)
株式会社キュア・エッセンス代表取締役
死化粧師。厚生労働省認定1級葬祭ディレクター。大手アパレルや化粧品の流通業界で、商品構成や管理、店舗指導に従事。その後、創業100年を超える家業の葬祭業を意識し、日本ヒューマンセレモニー専門学校へ1年間の社会人入学。卒業後、大手互助会などで葬祭業全般に携わり、日本ヒューマンセレモニー専門学校フューネラルディレクターコース・エンバーミングコースの講師となる。現在、学生や企業にて処置やメイクを指導する傍ら、葬祭の現場にて自ら処置やメイク等も実践中。

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