【橋爪 謙一郎さん特別インタビュー】大切な人を亡くしたときに ~グリーフを知り、心の蓋を開ける~
米国での実務経験と知識を持ち、日本におけるグリーフサポートとエンバーミング普及の第一人者である橋爪 謙一郎さんに、グリーフについてお話を伺いました。大切な存在を喪った時に、自分がどのような状態になっているかを知り、向き合うために大切なことを語ってくれました。
グリーフを知ることの大切さ
─グリーフとは、どのような状態を表す言葉なのでしょうか。
グリーフとは、死別や喪失体験をした時に、内側から溢れる様々な思い・感情・思考を心のなかに抑え込んでいる状態です。自分では気づかないうちに、心に蓋をして、我慢してしまっているのです。グリーフを理解することで心の向き合い方が変わります。
─グリーフになったときの典型的な気持ちや行動はありますか?
体の調子がおかしかったり、ちょっとしたことでイライラしてしまったり、物忘れが激しくなったり。ほかにも、通勤電車の乗り換えを間違える、仕事の効率が悪くなる、言葉づかいがキツくなったり、生きる意味がわからないと考えこんでしまったり……。日常のなにげない、いつもなら当たり前にできていたことが、うまくいかなかったりします。
周りの人からは、「あの人は最近変わってしまった」「奥さんを亡くしたからってあんな言い方はひどい」など、人が変わってしまったと言われることが多いようです。けれど、大切な人を亡くしてグリーフになることは、誰のせいでもなく、決しておかしなことではありません。
─グリーフを知ることが、なぜ大事なのですか?
大切な人を亡くしたときに、自分がどんなに辛い思いをしていても、ほかのみんなはがんばっているのだから、私もがんばらなくてはいけない。と、自分を責めてしまう人が多いですね。しかし、グリーフを知ることで、自分を責める必要はないのだと気づける。また、周りの人がグリーフのときには、優しく声をかけてあげられる人になれるのです。
─グリーフの真っただ中にいる人へ、周囲の人がしてあげられることはありますか。
たとえば、葬儀のときに、悲しいはずなのに涙も見せずに、やるべきことを休まず遂行している人がいるとします。本人は忙しくしているほうが気がまぎれると言いますが、交感神経優位になりすぎている場合があります。
そういう人ほど、実は、誰よりも心配しなくてはいけない人かもしれません。いっしょにお茶を飲んで、ひと息つくだけでも心が落ち着くでしょう。相手の心の蓋を無理やり開けて涙を流させる必要はありませんが、そばで話を聞いてあげることができれば、心が少し楽になる。そういうふうな手の差し伸べ方があるのではないかと思います。
─子どももグリーフになるのでしょうか。
もちろん、子どもも大人と同じようにグリーフになります。ひとつの例ですが、ある日を境に急に成績が落ちて、勉強も学校生活も、すべてやる気を失ってしまった子どもがいました。原因は大好きだったお母さんを亡くしたからでした。これまでは、お母さんに喜んでもらいたくて勉強をがんばってきたのに、と。
そんなときに、子どもの異変に気づいても、学校の先生や周囲の大人はなんて声をかけたらいいのか、どう接したらいいのかがわからない――。こういう例はたくさんあります。もし周りのだれかひとりでもグリーフの知識があって、適切な対応ができていたら、その子の毎日は違ったものになったかもしれません。
グリーフと向き合うために
─グリーフのカウンセリングを受ける人はどのくらいいますか?
今では多くの人がグリーフのカウンセリングを受けるようになりました。大切な人との死別を体験した人はみんなグリーフであり、心の余裕はありません。体にケガをした人同士が、お互いを助けることが難しいのと同じです。ですから、家族以外のところに助けを求めてもいいのです。
日本ではグリーフに関する情報が少ないので、インターネットでグリーフを調べて、私のところに相談に来られる人もたくさんいます。
─自分がグリーフ状態にあるとき、まず何をすればいいですか?
たとえばお線香を焚いて、手を合わせる動作をするだけでも、心が救われることがあります。また、カウンセリングやグリーフサポートに接することで、自分なりの心の整理や折り合いの付け方を見つけることができるかもしれませんね。
一方で、グリーフを理解しないまま心療内科にかかると、自律神経失調症などの病名が付き、薬を処方されます。でもグリーフである限り、症状は改善しないでしょう。さらには、抗うつ剤を服用することで、かえって心が動きにくくなり、グリーフサポートでもっとも重要となる、〈自分の心と向き合うこと〉が難しくなってしまうこともあります。それよりも、大切な人を亡くしたときに、人はどのような状態になるのかを知ること。まずはグリーフという言葉を理解することから始めてみるといいと思います。
─大切な人を亡くしたとき、わたしたちは涙を流したり、心を痛めたり、悲しみに沈んだりします。この心の動きにはどんな意味があるのでしょうか。
悲しみとは愛情の裏返しです。注いだ愛情によって悲しみの大きさは変わると思います。大切な人を亡くして、注ぐ先のなくなった愛が、悲しみになるのではないでしょうか。そしてまた、その悲しみによって、人は自分に与えられた愛情の大きさを知るのだと思います。
プロフィール
橋爪謙一郎 (はしづめ・けんいちろう)
1967年、北海道千歳市生まれ。成城大学法学部卒業。ぴあ株式会社に就職後、1994年に渡米。ピッツバーグ葬儀科学大学にて葬祭科学を専攻し、フューネラルディレクター全米国家試験合格。1998年、ホリスティックヘルス教育学修士課程修了。その後、米国の葬儀社にて実務を体験しながら、カウンセリングを始めとする遺族支援の基礎を習得。2001年に帰国後は、日本ヒューマンライフセレモニー専門学校(現、日本ヒューマンセレモニー専門学校)副校長、IFSA(現・一般社団法人日本遺体衛生保全協会)スーパーバイザーなどを歴任し、2004年に有限会社ジーエスアイ(現、株式会社)を設立。現在は、エンバーミング事業とともに、死別体験者を支える人材を育成するための「グリーフサポートセミナー」や、遺族支援のプロフェッショナル「グリーフサポートバディ」の資格認定を行っている。アメリカでの実務経験と知識を持つ、 日本のエンバーミング、グリーフサポート普及の第一人者。