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【世界の葬祭文化20】「自分の人生は自分で決める」 ~安楽死先駆国オランダの自立と尊厳~

【世界の葬祭文化20】「自分の人生は自分で決める」 ~安楽死先駆国オランダの自立と尊厳~

人々の意見を尊重し、世界で初めて安楽死を合法化したのがオランダです。近年では、ますます安楽死の権利を行使する人が増えています。認知症が進行し、自分自身の判断する力が失われてしまう前に安楽死を選んだ女性。耐え難い苦痛からの解放を求めた男性。そして終末期の子どもたち……。高齢化が顕著な日本に暮らす私たちは、「死の迎え方を自分で決める自由」を認めたオランダの選択から、何を学ぶことができるのでしょうか。

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なぜ「安楽死」を選ぶのか

選択するイメージ

2023年1月16日、オランダの海辺の町で、アルツハイマー型認知症を患った60代の女性が安楽死しました。その日はレストランで親族らと最後の食事をした後、夫と帰宅。そこに訪れた主治医が寝室で最後の意思確認をして注射を打ち、約30分後に息を引き取りました。

この2年前に認知症と診断された女性は、自分で意志表示ができなくなる前に、代理人となった夫の助けを借りて安楽死申請の書類を作成しています。彼女はそこに「自分で自分の人生を決定できなくなることは耐えられない苦痛」と記載。続いて「夫の妻でもいられない。夫とともに過ごし、人生の決断をしてきた。それができないならば、安楽死を求めます」と痛切な思いを書き記しました。

その決意は症状が進んでも変わらず、22年11月に主治医は安楽死の実施を決断。セカンドオピニオンを行う第三者の医師も同意し、その上で取られた措置でした。これは比較的わかりやすい、オランダにおける安楽死の事例と言えるでしょう。

年間9000件超! オランダの安楽死は増加中

オランダが世界で初めて安楽死を合法化したのは2002年のことでした。この法律は、患者が耐え難い肉体的苦痛や精神的苦痛を抱え、それが回復不可能であると医師が判断した場合に限って適用されます。安楽死の申請はきびしく管理され、審査に当たる医師は、患者の苦痛の状態を詳細かつ慎重に評価することが義務づけられています。

安楽死法の施行直後の2002年、1882件だった実施件数は20年あまりを経て、2023年には9000件超に増加。じつに4.8倍に増えました。これはオランダにおける全死者数の5.4%に相当します。安楽死増加の一因になっているのが、先に紹介した事例のような、認知症に適用されるケースが増えていることにあります。本人が判断力を失う前に、きちんと文書化した上での合意があれば、それに基づいて認知症患者の安楽死も認められるようになったのが、近年の大きな変化だと言われています。

患者の自立性と尊厳を重視

自立と尊厳を重視するイメージ

オランダの安楽死法では、患者が自らの意思で希望し、また、その結果を理解していることを前提として施行(医師による薬剤の投与)されます。そのため、当初は肉体的苦痛による安楽死を想定していたものの、しだいに精神的な苦痛を訴える患者にも適用されるようになりました。

安楽死が合法化された背景には、患者の自立性と尊厳を重視しようとする、ヨーロッパ社会ならではの文化的背景があります。特にオランダでは、その考え方が社会に深く根付いており、近年では精神的な疾患に悩む人々への配慮も重要視されています。先の事例の女性が訴えた「自分で自分の人生を決定できなくなることは耐えられない苦痛」は、オランダという国だからこそ認められる精神的状態なのかもしれません。いまの日本では、こうした訴えがあったとしても、周囲の理解を得るのは難しいのではないでしょうか。

「安心感」を与える? 安楽死法の意外な効能

安楽死が合法化されているとはいえ、倫理的に許される行為なのか、という懸念は、もちろんオランダ社会にも残っています。そのため、安楽死の要件やその適用範囲については、賛成派と反対派の間でつねに議論が続けられています。たとえば、2019年に公表された世論調査によると、成人国民の87%が「特定の状況下では安楽死が可能であるべき」と支持を表明していますが、それだけ多くの人たちが安楽死を望んでいるかというと、実はそうではないようです。つまり、この安楽死法の存在が、実際に自分自身に用いるかどうかとは別に、人々に一種の安心感を与えているのではないか、いわば、いざという時の保険のような効能があると認められているのではないか、というのです。これもまた、ひとり一人が心に抱く「尊厳ある最期」が重視されているオランダならではの考え方かもしれません。

望めば誰でも安楽死できるわけではない

誰でも安楽死できるわけではない イメージ

オランダの安楽死は、一見すると、「望めば誰でも自由に死ねる」という印象を強く与えるかもしれませんが、患者からの申告が認められないケースも多数あります。2019年には次のような事例がありました。

動脈瘤破裂の危険性が高まり、約6週間寝たきりの生活を送った87歳の男性は、リハビリに努めて一時的に回復したものの、今度は原因不明の全身のかゆみに襲われます。それとともに、以前手術した心臓疾患の症状が再発し、「2年間、まさに死んでいるような状態になり、耐え難い苦痛だった」と述べて、安楽死を申請しました。ところが、改めて彼を診察した心臓、血管外科、皮膚科の各専門医は、「意識がはっきりしている」「歩行できる」「ふつうの生活ができる」などとして、安楽死にストップをかけたのです。いったん覚悟を決めていた男性は、人生の再スタートに臨むことになった――。

実際、安楽死の申請件数は、実施件数を大きく上回っていることが、独立機関である「安楽死専門センター(2012年設立)」の活動報告書にも記されています。それによると、申請件数に占める承認件数の割合は毎年3割前後にとどまっており、約7割は却下されているとのこと。その理由は、自ら申請を撤回するなど、患者側の事情が過半数を占めますが、「安楽死に必要な要件を満たしていない」という理由も少なくないようです。オランダの実情を見れば、望めば誰でも安楽死ができる、というわけではないようです。

子どもにも広がる安楽死容認の潮流

子供たちイメージ

安楽死といえば、人生の後半に入った中高年が選ぶもの……、というイメージが強いかと思いますが、オランダ政府は2024年4月、従来の安楽死法の対象を拡大し、1~11歳の子どもの安楽死を認める方針を明らかにしました。死は年齢を選ばない、というわけで、終末期の子どもにも「絶望的で耐えがたい苦しみを終わらせる唯一の合理的な選択肢」を与えるという判断がなされたのです。

それまで認められていたのは12歳以上(ただし、16歳未満の場合は保護者の同意も必要)で、1歳未満の乳児については、保護者の同意があれば認められていました。今回の変更によって、すべての年代の子どもが対象になったわけですが、今後も社会的な議論が続くことはまちがいないでしょう。安楽死にまつわる意見のやり取りが活発化しているヨーロッパでは、安楽死先駆国であるオランダの動向はつねに注目の的になっています。

終活映画『ブラックバード』

映画イメージ

2019年製作のアメリカ・イギリス合作映画。不治の病で死を覚悟した主人公の女性は、“家族が家族であるうちに”最後の時間をともに過ごしたいと、夫とともにお別れパーティーを企画する。海辺にある邸宅に二人の娘とそのパートナーや孫たち、そして、ともに青春を過ごした親友を集める。明日になったら彼女が旅立つことを知りながら、みんな平静を装って楽しんでいたが、あることをきっかけに、それぞれが人生のなかで押し隠していた感情が吹き出し、和やかに締めくくられるはずだった最後の晩餐は思いもしない方向へ動き出す――。

出演俳優たちの、舞台劇のような緊張感あふれる演技を堪能できるこの作品は、2014年製作のデンマーク映画『サイレント・ハート』をリメイクしたヒューマンドラマです。ちなみにデンマークをはじめ、北欧の国々、そしてアメリカでも大半の州では安楽死は合法化されていません。しかし、近年ではこうしたテーマの映画が各国で盛んに製作されており、欧米の人々の安楽死や尊厳死への関心の高さがうかがえます。

参考サイト

産経新聞「安楽死先駆の国オランダ」 「素晴らしい旅へ」注射30分で息引き取る、68歳で安楽死した認知症妻

BBCNews「認知症患者の安楽死、過去の合意で可能に オランダ最高裁」

朝日新聞「オランダ、1~11歳の安楽死容認へ」

映画『ブラックバード』

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