【ひとたび編集部が選ぶエンディング映画10選 06】愛、アムール 〜老介護から見える愛〜
パートナーの体が急に不自由になった時、どうすることがパートナーのためなのでしょうか。そして、それは愛なのでしょうか?ひとたびの「編集部が選ぶエンディング映画10選」では、エンディングを題材とした映画を紹介しています。今回紹介する映画が、パートナーとの老後の現実についてしっかり考えるキッカケになればと思います。
第5回では「最高の人生の見つけ方」を紹介しました。こちらもぜひ合わせてご一読ください。
【ひとたび編集部が選ぶエンディング映画10選 05】最高の人生の見つけ方〜人生は思い切り楽しむもの〜
第6回は2012年公開の「愛、アムール」を紹介します。
こちらはオーストリア、ドイツ、フランス合作の映画で、公開当時から絶賛された名作です。フランスの映画祭セザール賞では5部門受賞、世界的映画祭のカンヌ国際映画祭では最高賞であるパルム・ドールを受賞、そしてアカデミー賞でも作品賞などにノミネートされ、外国語映画賞を受賞しています。
監督はオーストリア出身のミヒャエル・ハネケ。世界的名匠で、本作では2年連続パルム・ドールを受賞しています。
また、主演で妻を献身的に世話をするジョルジュを演じるのはフランスを代表する名優ジャン=ルイ・トランティニャン。突然体が不自由になる妻アンヌを演じるのはエマニュエル・リヴァ。エマニュエルは本作で世界中の賞レースで主演女優賞を受賞。アカデミー賞では惜しくも受賞を逃しましたが、当時85歳で史上最高齢ノミネートという快挙を達成しています。
決して見易い映画ではありませんが、欧州トップクラスのスタッフ、キャストが作り出したリアリティ溢れる映画は、確実に見た人の心に重く現実を突きつけます。
あらすじ
※本記事にはネタバレ内容を含みます。あらかじめご了承の上、お読みください。
音楽家の80代の老夫婦ジョルジュとアンヌは、アンヌの弟子の演奏会に一緒に行くなど仲睦まじく日々を過ごしていました。
しかし、朝食を食べていると突然アンヌに異変が起き、手術を受けましたが、結果は失敗。半身不随となり車椅子生活となります。ジョルジュは病院嫌いのアンヌのために自宅で介護することになりました。
世界を忙しく駆け巡る娘のエヴァの心配をよそに2人は励まし合いながら老老介護をこなしていきます。しかし、どんどんとアンヌの病状は悪化し認知症も発症。介護士などの力も借りてはいたもののジョルジュは精神的に限界を迎えてきました。
ある日アンヌが少し正気を取り戻します。昔話をし2人に笑顔が戻りましたが、翌日にはアンヌは認知症の状態へ戻ってしまいます。ジョルジュは優しく語りかけたあと、アンヌを窒息死させます。その後ジョルジュのもとに元気だった頃のアンヌが現れます。2人で一緒に外出したところで、映画の幕が下がります。
みどころ
今後の日本で待ち受ける老介護の現実
この映画のテーマは「愛」です。決して介護の大変さだけがメインで描かれているわけではありません。
しかしまずこの映画から感じとれるメッセージとしては、如何に介護が大変か、そして、今後さらなる高齢化が進み、老人が老人を介護する時代が待ち受けている、そして日本も他人事ではないということです。そう、この映画は今の日本への警告とも受け止められるかもしれません。
体がほとんど動かないアンヌのために、ジョルジュは立つ、座るの動作の補助はもちろん、トイレやお風呂の世話もします。多くの人はたとえ愛するパートナーだとしても、このような介護には辛さを覚えてしまうのではないでしょうか。
今の日本では65歳以上の要介護者と同居している65歳以上の割合が55%となっており、今後更にその割合は増えていきます。そういった状況が避けられない中、自分はどう対応すべきなのかを考えさせられます。
家族に頼るか、ヘルパーさんに頼るか、それとも自分を頼るか。場所、お金、時間、根気など必要なものは多く、答えは簡単には見つからないでしょう。この映画を見ても明確な答えは提示されていません。しかし、そういった現実をまざまざと映し出すことで、老後の危機感をあぶり出してくるのも確かです。老老介護となった場合どうするかを元気なうちから周りと相談して、しっかり備えをすることが必要でしょう。
この映画を見ると、老介護が決して他人事ではないことがわかります。そして、周りの理解があったとしても当の本人にとってはそれ以上の労力がかかることも分かります。そういった意味でもこの映画は介護を考える気付きを与えてくれる映画でしょう。
老夫婦の愛の形か、エゴか
介護が必要になったアンヌを献身的に介護するジョルジュですが着々とアンヌの認知症は進行し、会話もままならない、挙句の果てには水を飲ませることも拒まれるようになってしまいます。しかし、ジョルジュは介護自体に生きがいを感じていたのではないでしょうか。
それは愛する妻のためなのか、それとも、自分しかいない相手への優越感なのか。どちらにしても、ジョルジュは最初は入院させようとしたり、周りの人の声を聞こうとする姿勢がありました。その頃はまだアンヌも会話ができた時期でしたが、徐々にアンヌの容体が悪くなるにつれ、ジョルジュは周りから孤立していきます。
プロのヘルパーさんを急に辞めさせたり、娘の声を聞かなかったり、アンヌの部屋に鍵をかけたり。こういった行動は自分がすべてという優越感に浸るための行動だったのかもしれません。そういった優越感に浸って、自分の存在意義を感じることで、ジョルジュは愛を確認していたのかもしれません。
そんな中、ジョルジュがアンヌを叩いてしまい、自分に自問自答をするようになります。そんな矢先に、正気に戻ったアンヌと楽しい会話が一瞬だけでもでき、希望が見いだせました。しかし次の日にはいつものアンヌに戻っています。希望から絶望に変わったのか、ためらわず妻を窒息死させてしまいました。
アンヌは正気だった頃、常日頃人生を終えてもいいという発言を繰り返していました。それをジョルジュの意見で延命させていただけで、安楽死させたのはようやくアンヌの希望を叶えたのかもしれません。
この行動はジョルジュなりの愛だったのかもしれませんし、ただのエゴなのかもしれません。監督も観る人に答えを委ねています。同じ状況になったときに愛を貫くのか、自分のエゴを優先してしまうか、とても考えさせられます。
人生は素晴らしい、かくも長い人生
老夫婦の生活を一緒に過ごしているかのように、ワンカットが多いのも本作の特徴です。そして、印象的なのが比喩的に出てくる鳩と水。鳩は二度出てきて、一度目はすぐに追い払いますが二度目は抱きしめています。追い払う冷たさと抱きしめる優しさをジョルジュとアンヌの二人に準えて、表現しているのでしょう。そして、蛇口を閉めずにずっと水の音が聞こえたり、妄想の中で水浸しの廊下を歩くなど、水の演出も多くありました。劇中音楽もほとんど無く、音といえば生活音が聞こえる程度でした。音楽で感情を高ぶらせるよりも、水音といった日常の生活音を聞かせて、夫婦のそばにいる感覚に浸れるような演出だったのでしょう。
そういった演出が功を奏し、夫婦の生活を嫌というほど身近に感じてしまいました。しかし、そこで2人の愛の深さ、人生の素晴らしさに触れる事もできました。表面だけ見ると介護にクローズアップしてしまいますが、本作のメッセージは、劇中アンヌがアルバムを見て呟く「人生は素晴らしい、かくも長い人生」という一言に凝縮されているのではないでしょうか。人生は素晴らしいけども、長すぎもする。その長い間をどう生きるか?どう生きたか?それを確かめさせてくれるようなセリフに思わずハッとさせられました。
まとめ
本作は介護を通して愛について考える映画です。ちょっとしたキッカケで介護が始まってしまうこと、介護の大変さや認知症の怖さなど、とてもリアルに現実を教えてくれる映画でした。しかし、それ以上に人生の素晴らしさ、愛の素晴らしさを描いており、パートナーとの老後について今から楽しみになるようなそんな希望すら感じました。
作品情報 | |||
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公開年 |
2012年 |
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監督 |
ミヒャエル・ハネケ |
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キャスト |
ジャン=ルイ・トランティニャン エマニュエル・リヴァ イザベル・ユペール アレクサンドル・タロー |