【世界の葬祭文化04】堆肥葬の最新事情を追う~若い世代を中心に受け入れの動きが活発に!?~
アメリカで広まりつつある堆肥葬は、最近生まれたエコ葬の一つで「土に還る」という自然な死の在り方を具現化した方法です。当初は遺体を生ゴミ扱いするかのようなイメージが強く、倫理的に許されないという意見が圧倒的でした。しかしSDGsの浸透、開発者らの環境保護に対する信念、それに基づいた研究・技術開発と精力的な広報活動が人々の心を動かし始めています。今回は“地球に還る”堆肥葬の実情を追っていきます。
連載第1~3回の記事はこちらからご覧いただけます。ぜひ合わせてご一読ください。
【世界の葬祭文化01】世界のあの世との架け橋だった伝統的「葬祭」が いま世界中で変わってゆく
【世界の葬祭文化02】SDGs・DX・ミニマリズムの葬儀・供養 ~「新しい生き方」が「新しい死に方」に~
【世界の葬祭文化03】欧米で話題の水火葬「アクアメーション」とSDGs
ネガティブなイメージを改善する努力
日本でも生ゴミの処理をコンポストという方法で行い、草木や野菜などの肥料として利用する家庭が増えています。堆肥葬とは基本的にこのコンポストと同じ理屈で人間の遺体を栄養豊富な土に生まれ変わらせる葬法で、有機還元葬とも言われています。
こうした文章を目にすると「そりゃ環境にはいいんだろうけど……」というのが一般的な反応でしょう。脳裏に浮かぶイメージは言わずもがな。故人に対する冒涜と捉える人が大半ではないでしょうか。
少し考えてみれば、それは感情論に過ぎないことがわかりますが、人間はあくまで感情的な生きものであり、こうした拒否反応を取り払うのは至難の業です。
提案者・開発者らはもちろんそのことを承知しており、事業化と普及のためにイメージ改善の努力を続けてきました。土葬・火葬に代わるこの新しい葬法が、即物的なビジネスでなく、地球環境の保全に役立つ、新しい葬祭文化になる、そしてゆくゆくは人々の心の拠り所になり得るという信念があるからこそできる努力だと言えるでしょう。
世界初の堆肥葬事業化のプロセス
世界で初めて堆肥葬を実用化したのが、アメリカ・ワシントン州シアトルのベンチャー企業「リコンポーズ(Recompose)」です。創業者でCEOのカトリーナ・スペード氏は、2010年代初頭、マサチューセッツ大学在籍時代に農家を営む友人から、死んだ家畜は通常、堆肥にするという話を聞きました。地面に掘った穴に家畜の死体を入れて、おがくずと麦わら、動物の糞、土をかけて何年か放置しておくと残骸はきれいになくなり肥沃な土に変わります。それが次の世代の植物を育むーー、そんな自然の循環が牧場内で出来上がっているのです。
この話が発想の源となり、彼女は人類の葬送に新たな選択肢を加えることを自分のミッションにしようと決心しました。そして土壌科学、工学、プロジェクト管理の専門家、エンジニア、葬儀業者などとともにアイデア練り上げ、それをどんな形にすればいいのかについて対話・実験を繰り返した結果、2015年、初の人体堆肥化に成功しました。
合法化への道のり
しかし当時、これはまだ非合法。スペード氏は世界的カンファレンス「TEDトーク」に登壇して堆肥葬の理念について講演したり、国際的な社会起業家ネットワーク「アッショカフェローズ」の一員になるなど、多方面から信頼性を勝ち取り、この事業のブランディングに腐心しました。
また、その一方で立法者である議員らとの会議に牛の死体からできた土を持ち込んでプレゼンするなど、ネガティブなイメージを緩和しようとあらゆる手を尽くしました。こうした努力が実を結び、2019年、堆肥葬はワシントン州で初めて合法化されたのです。
〈四十九日〉で土に還る分解のしくみ
遺体はオーガニックなウッドチップで敷き詰められた再利用可能な棺に収められ、それを前に遺族や友人との告別式が行われます。式が終わると遺体はオーガニックな素材を被せられ、棺ごとコンポストを行う専用のカプセルに収容されます。
人体の分解には酸素や窒素、二酸化炭素、温度が必要ですが、この容器内ではそれらが豊富に発生するよう、微生物やバクテリアが活動しやすい環境が整えられ、温度も一定に保たれています。
この仕組みによってより効率的な分解が促され、落ち葉が土に戻っていくように、遺体は自然な速度で土に還っていきます。期間はおよそ1か月から1か月半、もしくは2か月。ちょうど仏教における〈四十九日〉に相当する時間です。
葬儀後の重要な追善法要である四十九日は、仏教の考え方では故人が現世から完全に離れ、仏様のもとへ旅立つ日とされています。かつて土葬が一般的だった時代には、人の体が形を失くし、この世から消え去る一つの重要な通過点だったために、この段階で法要を営むようになったのではないかとも言われています。
760リットルの土となって循環
遺体が四十九日を経て分解された後は、成人男性で約0.76立方メートル(760リットル)ほどの豊穣な土に変わります。8人用の大家族や飲食店で使われる大型冷蔵庫が700リットルですから結構な分量と言えるでしょう。
遺族や友人はこの土を持ち帰って通常の土と同じように植物を植えるのに使うなど再利用することが可能です。持ち帰らない場合はリコンポーズが提携している森林の育成に使われるので、人間は死後、自然の一部として循環することが可能になります。
二酸化炭素排出量を約1トン削減
リコンポーズによると、この堆肥葬の重要な点は環境負荷の低さです。同社では創業前、サステナブル工学の専門家とともに堆肥葬の二酸化炭素排出量を試算し、火葬や土葬といった従来の埋葬法と比較しました。
アメリカでキリスト教の教義に基づいて土葬を行う場合は、通常、遺体を防腐処理(エンバーミング)し、木の棺をさらにセメント製の箱に入れて埋めるので、遺体が土によって分解されない仕組みになっています。防腐処理に使う薬品や、木やセメントといった容器の材料、それらを運ぶための燃料などの総計は環境に対して多大な負荷をもたらし、墓地の手入れも永続的に続けなくてはなりません。
火葬の場合も高温で長時間の燃焼に必要とされる燃料は100リットルあまりで、焼却を通して200kg〜300kgの二酸化炭素が排出されており、堆肥葬と比較すると約8倍もエネルギーが消費されます。
こうした試算を総合し、堆肥葬では従来の葬儀よりも二酸化炭素排出量をひとりあたり約1トン削減できるという結論に至ったと言います。
人の数だけ葬送の形があっていい
遺体を自然の一部として循環させる堆肥葬。人を地球環境の一要素として考えることは理論的には正しいことでしょう。問題は感情的に受け入れられるかどうかなのです。
「人々は、愛する人の死をそれぞれ多様な形で受け止めます。だから私たちのゴールは、愛する人の死に対してより多くの選択肢を与えることなのです。」とカトリーナ・スペード氏は話しています。言い換えるとこれは「社会的に混乱や損害が生じない限り、人の数だけ葬送の形があっても良い」ということになるでしょう。新しい選択肢を生み出すことによって、より多くの人が死について納得のいく回答を得られるようになるのかもしれません。
若い世代ほど「地球に寄り添いたい」
堆肥葬の合法化はワシントン州を皮切りに、その後、コロラド州、オレゴン州、バーモント州、カリフォルニア州、そして2022年末にはニューヨーク州でも認められ、現在6州で行えるようになりました。SDGsの浸透とシンクロするかのように、この流れは全米に広がっていくのではないかと予測されています。
同じワシントン州では「リターンホーム(Return home)」という会社も「テラメーション」という名称を用いて堆肥葬を提供し始めました。テラとはラテン語で地球・大地を指す言葉で、和訳すれば「地球葬」。土に還る、地球に還るーーこうしたロマンチックな美しいイメージ、文学的なニュアンスを強調することで、この古くて新しい葬法はさらに人々の心に響き、今後、普遍的なものになっていく可能性は高いでしょう。
同社の創業者であるマイカ・トゥルーマン氏によると、テラメーションの希望者には若い人が多く、最初の5件は40歳以下の人だったと言います。若い世代のほうが気候変動などによる地球環境の危機を敏感に察知しており、少しでも地球に寄り添った逝き方を真剣に考えているのかもしれません。