【世界の葬祭文化01】世界のあの世との架け橋だった伝統的「葬祭」が いま世界中で変わってゆく
人生最後で最大のライフイベントである葬儀・供養は、世界のどこの国・どこの地域でも行われています。その行動表現は驚くほど多彩でユニーク。しかし、長い時間で育まれてきたその伝統的な表現がいま、劇的な転換期を迎えています。この連載ではその変化について考察していきます。まず今回は、伝統的葬祭・供養の文化の代表例をご紹介していきましょう。
英国・エリザベス女王の国葬が語った「葬祭」の意味
「冠婚葬祭」はごく一般的な言葉ですが、最近の日本では「なんで悲しいお葬式が“祭”なんだ?」と疑問を抱く人が多いかも知れません。そういう人も2022年9月19日の英国・エリザベス女王の国葬を思い起こせば、葬祭の“祭”が腹落ちするでしょう。
ロンドン・ウェストミンスター寺院における葬儀からウィンザー城における埋葬までのプロセスはリアルタイムで世界中に中継され、何億もの人々に改めて「葬祭」の持つ意味深さを認識させました。
エリザベス女王は国家元首だから特別だ——もちろん、そうした見方もできます。しかし、洋の東西を問わず、元来、お葬式、その後に続くご供養の数々は、この世とあの世との架け橋となる大事なセレモニーとして民衆レベルでも非常に大切にされてきました。それは世界各国・各地域で千年単位の時間をかけて独自の発展を遂げ、それぞれのユニークな風習・文化を形づくってきたのです。
泣いて歌って踊るガーナのエンタメ葬
世界の葬儀のなかでも群を抜く賑やかさ。エンタメ要素てんこ盛り。泣いて歌って踊って、お祭り騒ぎで死者を「祝福」することで有名なのがガーナのお葬式です。
「ガーナ」と言えば某菓子メーカーのチョコレートの商品名でもありますが、チョコレートの原料はカカオ。西アフリカのガーナ共和国は年間85万トン以上を生産する世界第2位のカカオ豆産出国です。その他、金やダイヤモンド、原油や天然ガスの産出量も世界有数です。スポーツではサッカーがアフリカではトップクラスの実力を誇っていますが、お葬式で披露されるパフォーマンスも世界の注目を集めています。
ガーナの人口の約7割、特に大都市圏で暮らす富裕層はほとんどがクリスチャンで、彼らは一般人の平均年収(日本円で約5万円)の4倍から10倍に相当する費用をお葬式のために使うといいます。この国の富裕層・著名人・社会的地位の高い人々にとって、お葬式は大イベント。まさしく「葬祭」です。
そのため亡くなってからお葬式を行うまで1~3か月ほどの準備期間を設け、家族や関係者は資金の調達に奔走します。その間、遺体は冷凍保存しておき、満を持して週末の3日間、飲んで食って、泣いて歌って踊って、盛大なお祭り騒ぎをするのです。
この一大イベントを盛り上げるために「泣き屋(泣き女)」、そして棺桶の「担ぎ屋」がおり、このプロフェッショナルたちが磨き抜かれた技を披露します。故人が家族・友人からいかに愛されていたか、尊敬を集めていたかを示すものとして、ガーナでは泣き屋が非常に重要とされており、「泣き師協会」という職業団体もあるほどです。ガーナ第2の都市であるクマシの葬式泣き師協会では、「よろけ泣き」「泣きわめき」「地面で転がり泣き」「シマリス泣き」といった多彩なメニューを取り揃え、シーンに合わせて変幻自在の泣き技を使います。
「泣き屋」が女の仕事なら、「担ぎ屋」は男の仕事。スーツを着込んだダンディーな男たちが棺桶を担いで地域を回るのですが、これもただ担いで歩くだけではなく、陽気でリズミカルなハイライフミュージックに合わせて、棺桶を担ぎながら踊りまくります。周囲には演奏する楽団やダンサーたちも大勢いて、いつ果てるともないビッグパーティーが続くのです。
世界一ユニークなアート棺桶
もう一つ注目に値するのは棺桶のデザインです。ガーナの棺桶は世界一ユニークと言われ、故人の人生にちなんだ棺桶をオーダーメイドします。たとえばパイナップル農家ならパイナップルの形をした棺桶。漁師なら魚の形をした棺桶。その人の職業だけでなく、趣味、自分の人生に幸をもたらしてくれたもの、叶わなかった夢や希望などを様々な形にして棺桶を作る場合もあります。遺族が依頼することが多いのですが、本人が生前に準備しておくこともあります。これがポップでカラフルなアート作品のようであり、現地では棺桶美術館も設けられ、観光名所の一つにもなっています。
また、こうした情報をキャッチした世界各国の富裕層からガーナの棺桶職人のもとに、自分のオリジナル棺桶を作ってほしいというオーダーも入るようです。
ハロウィーンの原型・メキシコ「死者の日」
伝統的な供養文化として知られ、ユネスコの無形文化財にも指定されているのは、メキシコの「死者の日」です。色とりどりのパペル・ピカド(切り絵の旗)、ユーモラスなガイコツの人形、鮮やかなオレンジ色のマリーゴールドの花。街は華やかに彩られ、楽しい音楽が溢れ、伝統を重んじる家では「オフレンダ」と呼ばれる美しい祭壇を設けて遺影や食べ物を供え、死者(先祖)の精霊を迎え入れます。
年に一度、11月1~2日に現世に死者が帰ってくるとされ、家族や友人たちが故人を偲び、語り合うために集うこの「死者の日」は、ハロウィーンの原型とも言われており、2017年にはこれをモチーフにディズニー/ピクサーがアニメ映画「リメンバー・ミー」を制作・公開。世界中で大ヒットを記録しました。その影響もあって今ではメキシコの観光名物の一つにまでなっています。
メキシコは16世紀にスペインに征服されましたが、人々の生活にはそれ以前のアステカ帝国の文化が色濃く残っており、「死は、新たな生へと巡る過程のひとつ」という考え方が社会の深部に根付いています。そのため、生の世界と死の世界を隔てる壁が薄く、双方を行き来することもそう難しくないと多くの人たちは考えているようです。
幸福の国ブータンの鳥葬
「鳥葬」は山の中などに遺体を遺棄し、鳥(ハゲワシなどの猛禽)にそれを食べさせるという葬儀の方法です。日本をはじめ、現代の先進国の人々の視点からは、ひどく残酷で忌まわしい儀式に見えますが、そこには厳かで神聖な宗教的理由があります。
「国民総幸福量(GNH)」という国内総生産(GDP)とはまったく異なる新しい国づくりの指針を打ち出した、南アジアの小国ブータンは、「世界一幸福な国」というキャッチフレーズで一躍知られるようになりました。そのブータンの幸福感の基盤には、国教であるチベット仏教への深い信仰心があります。鳥葬はその宗教観・死生観に基づいて行われているのです。
「輪廻転生」の考え方は日本人でもほとんどの人がご存知でしょう。命を失っても、また別の何かに生まれ変わる——つまり現世における生や死は、この輪廻転生という悠久の時間の中で起きる小さな一コマ、ごく自然な一つの現象に過ぎないというのが、チベット仏教を信仰するブータン人の死生観です。そのプロセスの一手段として鳥葬は魂の抜け出た遺体を「天へと送り届ける」ことを意味しているのです。
人類は伝統的葬儀から「卒業」する?
ガーナの「エンタメ葬」、メキシコの「死者の日」、ブータン(チベット仏教)の「鳥葬」――ごく一部だけ紹介しましたが、世界各地の伝統的な葬儀・供養の興味深い文化・風習は数え上げればきりがありません。言い換えれば、どこの国・どこの地域でも人間は、どんな権力者でも抗いようのない死という現象に強くこだわり、その意味づけを考え、何よりも大切なものとして扱ってきたと言えるでしょう。
しかし21世紀も20年を過ぎた今、人々のこうした死に対するこだわりや意味づけ、人生のエンディングについての捉え方が大きく変わりつつあります。宗教観に基づく火葬や土葬とは異なる、合理的で新しい葬儀(遺体の処理)および供養の在り方、さらにそれ以前の終活サービスの多様化、安楽死・尊厳死をめぐる議論など、長寿時代ならではの新しい考え方とその表現方法が次々と生まれています。人類は伝統的な葬儀・供養から“卒業”しようとしているのではないかといった印象さえ抱きます。
このシリーズでは、近年の世界の葬儀・供養・終活をめぐる現在進行形のグローバルな変化を紹介するとともに、少し先の未来を見通すような――SDGs・葬儀DX・ミニマリズムなどのキーワードをもとに――これからのエンディングの方向性を考察してみたいと思います。