【世界の葬祭文化05】SDGs先進地域・ヨーロッパで進行中 “地球への回帰”葬とは!?
環境問題に対する意識が高いヨーロッパの先進国では、さまざまな事業者が“遺体を土に返す”取り組みを始めています。 その背景には福祉・介護の充実や、安楽死(尊厳死)の問題に関する法整備など、人生のエンディングに関して社会全体で考察を深めてきた歴史、さらには人権をめぐって議論してきた歴史も関係しているようです。今回はイタリア、オランダ、ドイツで進行中の“地球への回帰”葬の実情に迫ります。
前回までの記事はこちらからご覧いただけます。ぜひ合わせてご一読ください。
【世界の葬祭文化04】堆肥葬の最新事情を追う~若い世代を中心に受け入れの動きが活発に!?~
エコ棺桶の開発
ヨーロッパでは前世紀まで土葬が一般的でしたが、今世紀になってからそれを見直す動きが活発になり、どの国でも火葬率が年々増加しています。加えてもっと環境負荷を低減するエコな葬儀・遺体の処理はできないかと様々な提案がされるようになりました。
その対象としてまず始められるようになったのが遺体を納める棺桶の改善です。大量の木材を消費して作られ、埋めても土に還元されない棺桶を、もっとエコなものにできないかということでユニークな製品が開発されるようになりました。
イタリア「世界のカプセル」
「Capsula Mundi(カプスラ・ムンディ)」とはラテン語で「世界のカプセル」という意味で、ふたりのイタリア人デザイナーが開発した、デンプン系素材、竹、籐などを材料とした生分解性がある卵型の棺の名前です。現在のモデルは遺灰を納めるものですが、ゆくゆくは遺体を胎児の姿勢で入るようなモデルを設計する予定だそうです。
また、このプロジェクトを立ち上げたきっかけは、2003年のミラノサローネ国際家具見本市で大量の家具が廃棄されている様子、そして、主催者も出展者もそれを省みないのを目の当たりにしてショックを受けたことだそうです。
この卵型の棺を地中に埋め、その上に木を植えることで、故人は家族や友人など、愛する人に大切にされる木となり、地球の未来に真の遺産を残すことになる、つまり、従来の墓地はその姿を変え、樹木が育ち、環境に良い生命にあふれた「聖なる森」になると、デザイナーはイメージを語ります。
死を自然との再会の方法として考えるために開発したと言うカプスラ・ムンディは、死へのアプローチを変えるだけでなく、葬儀を通して森林伐採への異議を唱える試みで、本国イタリアのみならず、イギリス、カナダ、オーストラリアなどで大きな反響を呼んでいます。
オランダ「菌糸体の棺桶」
2002年から世界で初めて国として安楽死を合法化したのがオランダです。この決定には合理主義性や個人の自己決定権を認め合うといった国民性が作用しており、この国には死について自由に、オープンに話し合える社会環境が整っているといえるでしょう。
そのような中で2020年、国立のデルフト工科大学の学生が設立したスタートアップ企業「Loop(ループ)」が “生きた棺桶”を開発しました。
この棺桶はキノコの根である菌糸体を原料にしてできており、菌の力を使って堆肥化のプロセスを促進。棺自体は30〜45日でなくなり、遺体は2~3年で生分解されます。すべてが自然由来の原料のため地球に害を与える可能性も非常に低いのです。
Loopは、オランダの葬儀協同組合とともに、この生きた棺桶を実用化するためのさまざまなテストを行い、2020年9月上旬に、10棺が実際の葬儀で使用されました。今後Loopは、オランダのナチュラリス生物多様性センター(Naturalis)と共同で、他の生物を用いて、同様の形式の埋葬ができるか、さらなる研究を行う予定です。
ドイツ「私の土」
ヨーロッパにおける本格的な“地球回帰”葬はドイツで始まりました。アメリカの「リコンポーズ」「リターンホーム」に続き、ヨーロッパ随一の環境先進国で2022年からいよいよ堆肥葬がスタートしたのです。
環境問題に対する理解を深め、国民が進んでゴミ問題や二酸化炭素排出問題に取り組むドイツでは、そのために生活水準を下げたり、貧しい生活に甘んじるわけではありません。「環境保護を取るか、経済成長を取るか」の二者択一ではなく、環境保護に費用と労力をかける一方で、経済成長を実現し、国民の年収も引き上げてきた実績は、どの国も参考にすべき点があるでしょう。
そのドイツでエコ葬の真骨頂とも言える堆肥葬が始まったことは、必然なのかもしれません。
ベルリンのツェルクラム・ヴィテ社のサービス名「マイネ・エアデ(Meine Erde=私の土)」は、遺体を藁や木くず、活性炭などの有機的な成分の中で40日間保管し、堆肥化します。その場所はドイツ最北端の州、シュレスウィヒ・ホルシュタイン州メルン市の墓地の礼拝堂で、同社ではこの保管施設をアルヴァリウム(Alvarium)と呼んでいます。
遺体が入った棺を木製の大型装置に入れ、堆肥化をすべてセンサーで管理。堆肥になった遺体は、許可されている場所ならどこに埋めても構わないことになっています。
実際にマイネ・エアデを利用した男性が埋葬された映像をみると、堆肥葬をすることに決めたのは男性の息子です。彼は「これはエコロジカルな新しいスタイルです。棺も骨壺も要りません」と話しています。費用は2100ユーロ(約30万円)。ドイツでは簡素な葬儀だと約2,000ユーロが相場とされているので、マイネ・エアデはリーズナブルな価格帯の葬儀だといえるでしょう。
ヨーロッパにおいて堆肥葬の先駆けとして、2001年にスウェーデンで考案された「プロメッション(フリーズドライ葬)」がありました。これは遺体を凍結し、フリーズドライにしてから土の浅い部分に埋める方式で、開発会社は長年、施設オープンと実際のサービス化を目指してきましたが、まだ実現できていません。
考案者・創業者は志なかばで他界してしまいましたが、同社はこのフリーズドライ方式の堆肥葬について、引き続き啓蒙活動を行っています。
ツェルクラム・ヴィテ社の広報担当者は、「マイネ・エアデ」がスウェーデンのフリーズドライ葬や、先行したアメリカの堆肥葬業者らの真似ではなく、独自に開発した方法であることを強調しています。
同社ではサービ拡大を目指し、2番目のアルヴァリウム開設へ向けて準備を進めています。何世紀もの間、土葬で死者を弔ってきたドイツにおいて、火葬が新しい葬法として導入されたのは19世紀後半。堆肥葬の導入はそれから約150年ぶりの葬儀の大変革と受け取られています。
広報担当者は、基本的な疑問はすでに解決されており、法医学者や関係官庁でさえも疑う点はないはずだ、とコメント。さらに「これは人間にとっても環境にとっても確実で安全な方法です。現在、ライプチヒ大学病院法医学研究所でこの葬法の調査を行っており、結果は査読付き論文として発表される予定です」と話しています。
地元ドイツはもとより、オーストリアやスイスのマスメディアにも取り上げられ、ドイツ語圏で大きな注目を集めているマイネ・エアデ。この独自の堆肥葬が、これからどこまで広がりを見せるのか、目が離せません。
堆肥葬が葬儀文化の新たな1ページを開く
アメリカのみならず、ヨーロッパでも本格的にスタートした堆肥葬。この数年、地球全域で異常気象が続いており、環境問題を意識せざるを得ません。今、私たちはSDGsのためにライフスタイルを考え直す必要に迫られています。人生のエンディングにおいてもまた然り。それはビジネスチャンスでもあります。
近い将来、あのときの堆肥葬が葬儀文化の新たな1ページを開いた―——そう言える日が来るのかもしれません。