【世界の葬祭文化18】台湾発!穏やかな最期のかたち ~終活がつなぐ国境と世代~
日本で生まれた終活文化は、東アジア全体に広がり、台湾では新たな最期のかたちとして根付いてきています。台湾では「善終=穏やかな最期」という価値観のもと、医療と宗教が融合したホスピスケアが発展し、世界から高く評価されています。スピリチュアルケアの拠点「大悲学苑」の取り組みや、その姿を映し出す映画『フェイモウ(回眸)』は、死と向き合う人々の心を支える新たなモデルとして、日本にも多くの示唆を与えています。
東アジア諸国へ波及する日本の終活文化
終活という言葉が、日本のマスメディアで最初に使われたのは2009年のことでした。それからおよそ15年。当初は一時のブームのような扱いでしたが、言葉も内容も、この短期間にすっかり社会に浸透した感があります。2025年初頭の現在、成年の日本人でこの言葉・おおよその内容を知らない人はほとんどおらず、一種の終活文化が出来上がったといっても過言ではないでしょう。
この終活文化は、海外にも影響を与えているようです。特に地理的に近く、民族的・文化的な面で共通点の多い、韓国・中国・台湾などの東アジア諸国は、日本の終活に深い関心を寄せているようです。20世紀後半、日本は東アジアの国々に先駆けて経済発展を成し遂げました。他国もそれに続いて経済成長に力を入れ、生活インフラが整った豊かな社会を築いてきました。そうして迎えた21世紀。今度は日本で少子高齢化社会が進展し、それに伴って生まれ育ってきた終活文化を、他国も見習い、追随するという現象が起きています。
たとえば毎年、東京や横浜で開かれるエンディング関連のビジネス展示会では、韓国・中国・台湾などから多くの業界関係者が見学に訪れています。また、日本の専門家たちがこれらの国々に招かれ、業者を対象に終活に関する講演やセミナーを行うケースも増えています。
このように日本の終活文化が東アジアに急速に普及した要因は、まず、高齢者の増加という共通課題があり、終末期や死に関する関心が高まっているからです。また、豊かな社会の実現に伴って個人の自由な選択が尊重されるようになり、伝統的なものだけでなく、多様な価値観に基づいた終活が求められるようになってきたからでしょう。
要因の二つ目は、情報の流通がスピーディーになったことです。 インターネットやSNSの発達によって、日本の終活に関する情報が素早く他の国々に伝わり、人々の意識に影響を与えています。さらに、マンガなどのサブカルチャーを通して、日本の文化に対する興味と親しみが深まっていることも、日本の終活が注目される要因の一つです
台湾の終活事情
終活は高齢者やその家族にとって常に重要なテーマですが、台湾では、特に新型コロナウィルスの影響が下火になった2022年以降、終活に関する調査やセミナーが急増。2022年11月にはマスメディアの主催で、初めての終活意識調査「全台首次終活大調查」が行われ、40歳以上の人々が人生整理術を学ぶ必要性が強調されました。具体的な施策としては、「生前整理」や「遺言書の作成」を中心に取り組みが進んでおり、終活は単なる準備ではなく、自分自身と向き合い、人生をより豊かにするための重要なプロセスとして捉えられています
また、宗教的な風習と新しいサービスをブレンドして行われる例も見られ、例えば、宗教系の高齢者施設では、僧侶といっしょにお経を読む風習があり、死後の準備として重要視されています。さらにクラウドストレージを利用した終活サービスも始まっており、デジタル時代に合わせた新しい形の終活が進んでいます。高齢化が進む台湾社会において、これらの取り組みは今後ますます重要になるでしょう。
世界トップレベルの終末期医療
台湾は日本の終活文化・終活サービスを取り込もうとしていますが、逆に日本は台湾の終末期医療(ホスピスケア)に高い関心を寄せています。WHO(世界保健機構)が初めてホスピス緩和ケアの実施を提唱したのは1989年ですが、台湾ではそれ以前から国民皆保険制度「全民健康保険」による在宅医療ケア計画を開始。これは高齢者が在宅でも医療を受け、最期を迎えられるようにするための措置です。
英国の国際経済誌「エコノミスト(The Economist)」の調査部門、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(Economist Intelligence Unit)が2015年に発表した世界の終末医療の状況に関するレポート、「2015年死の質ランキング(The Quality of Death Index 2015)」によると、台湾は評価対象80か国・地域のうち第6位にランクイン。これはアジア諸国で最上位です。緩和ケアをはじめとする台湾の終末期医療体制はもう10年前から国際的に高く評価されているのです。
また、患者の意思を尊重するための「病人自主権利法」も2019年から施行されています。これは医療ケアを受け入れるか拒否するかを本人が事前に選択できる法制度で、アジア地域で初めての患者の自己決定権が保障されることになりました。
「善終」にもとづく緩和ケア
台湾の終末期医療は、世界でも先進的な取り組みが行われており、日本にとっても多くの示唆を与えています。その特徴は幾つもありますが、まず挙げられるのは、早期からの緩和ケアです。
台湾では終末期だけでなく、病気の早期段階から緩和ケアを導入する動きが活発です。これは、患者のQOL(Quality of Life=「生活の質」)を向上させ、家族の負担を軽減することを目的としています。また、在宅医療が充実しており、多くの患者が自宅で最期を迎えることができます。
そして、日本ではあまり耳にしない「善終(ぜんしゅう)=穏やかに最期を迎える」という概念が人々の間に根付いていることも特徴です。「善終」が終末期医療の発展を後押ししてきたと言っても過言ではりません。上記の「病人自主権利法」もこうした社会通念が根底にあったからこそ整備されたと言えそうです。そして台湾で実践されるホスピスケアのなかで、最も注目に値するのが「スピリチュアルケア」を重視していることです。
「スピリチュアルケア」と「大悲学苑」
「スピリチュアルケア」は、今世紀に入った頃からWHOでも盛んに提唱するようになった言葉で、フィジカル(身体的)、メンタル(精神的)、ソーシャル(社会的)に次ぐ健康の定義として、世界中の医療・福祉・介護業界に広がっています。これは死にゆく人・看取る人、双方にとっての魂の救済で、最終的なセーフティネットになり得るものとして認識されています。
台北市にある「大悲学苑」は、その普及活動を率先して行ってきました。この組織は、台湾大学医学部附属病院の協力のもとに設立されたスピリチュアルケアの拠点であり、宗教者や医療従事者に対する研修、患者の心のケア、地域住民への啓発活動を行っています。宗教的な側面を持ちつつも、医療機関との連携を密に行い、スピリチュアルケアという専門分野を確立したという意味で、他に例を見ない独自の組織形態と言えるでしょう。
大悲学苑は、営利目的の企業ではなく、宗教法人や医療法人でもありません。台湾におけるスピリチュアルケアの中心的な役割を担う大悲学苑は、世界各地のホスピスとの連携を深め、国際的なネットワークを構築。その活動は世界からも大いに注目されています。
この大悲学苑におけるスピリチュアルケアの活動を記録したドキュメンタリー映画が『フェイモウ(回眸)』です。映画の中では、大悲学苑の僧侶たちが、死にゆく患者や家族と深く関わり、彼らの心の支えとなる様子がリアルに描かれています。患者一人ひとりの心に寄り添い、彼らの悩みや不安に耳を傾けるシーン。悲嘆に暮れる家族を支え、いっしょに最期を看取るシーン。そして、僧侶たちの日常的な活動や、彼らが抱える悩みや葛藤を訴えるシーンも。これらの様子を通して、スピリチュアルケアが単なる宗教的な儀式ではなく、人間として生きていく上で大切なものであることが理解できます。
死という、誰もができれば向き合いたくないテーマを扱いながらも、国や文化を超えて共感できる普遍的なメッセージを――。『フェイモウ』のような映画を通して、スピリチャルケアの考え方は、今後より一般的になっていくのかもしれません。