【世界の葬祭文化15】差別のないケアがもたらす未来とは?~アメリカのAI終活、最新事情~
AIが人間の最期をどう導くのか?アメリカでは大きな議論が巻き起こっています。AIが冷たく非感情的な存在であるという懸念から、終活にAIを取り入れることに抵抗を感じる人が少なくありません。しかし、いまや差別や偏見を排除し、公平で個人に最適化されたケアを提供するAIの可能性に期待が寄せられるようになってきました。 アメリカの最新事例をもとに、その未来を探ってみましょう。
最新のAI技術とケアサービス
日進月歩の進化を続けるAI技術。その最先端国といえるアメリカでは、終活や終末期ケアの分野にもAIの導入が積極的に進められています。GoogleやMicrosoftなどの大手IT企業は、AIを用いた医療情報の個別化やメンタルヘルス支援を目的としたチャットボットを開発しており、特に終末期ケアにおいてAIが重要な役割を果たそうとしています。
Googleの「Health AI」プラットフォームでは、医療データを用いてAIシステムを開発し、医療現場での診断や治療の精度向上を支援。また、AIを用いた終末期ケアの研究や、メンタルヘルスの分野での応用も進められています。一方、MicrosoftはAzure(同社が提供するクラウドサービス)を利用して、医療機関向けの生成AIやチャットボットを開発。これによって医療従事者と患者との対話を効率化し、精神的なサポートを提供するとしています。特に、終末期ケアや心のケアにおいて、AIチャットボットが患者に寄り添い、個別のニーズに応じた支援を提供する取り組みが進行中なのです。
GoogleやMicrosoftが医療機関や製薬会社など、大規模な顧客を対象とした事業展開を行っているのに対し、個人や家族を主な対象にしている企業もあります。その代表格がEverplansやVital Decisions(Evolent)で、AIの活用によってよりパーソナライズされた終活ケアや医療に関する意思決定支援のサービスを実施。治療法のメリットとデメリットを比較したり、家族との話し合いのための情報を提供したりしてします。
たとえば、NLP(自然言語処理 ※コンピューターが人間の言葉の意味を理解し、分析する技術)による記述や会話から、医療者が患者の感情やニーズを正確に把握できるよう促したり、過去のデータに基づいて患者の将来的ニーズを予測する機能を利用して、ある疾患の患者がどのようなケアを求めるかを事前につかみ、必要な準備を進めるといったことが可能になってきています。
受け入れる側の意識の変化
アメリカにおける意識調査によると、実際のところ、ヘルスケアの分野におけるAI活用については、まだまだ消極的と言えるでしょう。2023年2月に発表された「Pew Research Center」の調査(2022年12月実施)では、調査対象の約6割の人が、病気の診断や治療法の推奨などにAIが利用されることに「不快感を覚える」とし、「抵抗がない」と答えた人の割合を上回っています。
しかし同時に、AI導入の大きなメリットとして挙げられているのが、差別・偏見・不平等の排除です。アメリカでは医療において、多くの人が人種的・民族的な偏見があると考えているため、病気の診断や患者への治療法の推奨などに、純粋な科学的データだけで応じてくれる AI の導入を歓迎しているというのです。
一方、医療者側の立場からAIの活用はどう意識されているでしょうか? 2023年に米国医療機関(アメリカ医師会)を対象にした調査によると、AIを活用した終末期ケアの選択肢を検討している医療機関は著しく増加しており、70%以上が今後のサービス向上のためにAI技術の活用を検討しています。こうした近年の調査結果は、今後の終末期ケアにおいて、AIがアメリカの人々からある程度の信頼を寄せられていくことを示唆しています。
それとともに、AIを通じて患者が自らの葬儀や追悼式のプランニングを行う活動が少しずつ普及しています。前述のEverplansなどのプラットフォームは、個人の趣向に応じてカスタマイズされた葬儀プランや、SNSアカウントの管理、遺言書のデジタル管理など、トータルな形で終活モデルを提供。こうした提案は、特にデジタル時代に生まれた若い人たちに支持されています。彼らは自身の最期を主体的に選択したいと希望しており、AIはその希望を叶えるツールとして受け入れられているのです。
AI終活の課題と倫理的側面
終活や終末期ケアにおけるAIの活用には倫理的な問題があることも事実です。例えば、終末期ケアにおいてAIが行う意思決定支援やケアプラン作成が、患者の価値観や倫理観にどれだけ忠実かという点は大きな懸念事項と言わざるを得ません。また、AIによって診断と治療の自動化が進むと、医療従事者や家族が果たしてきた人間的な意思決定の役割が失われることも議論されています。
AIが患者の希望を完全につかみ切れず、感情的な支援が欠けた結果、最適なケアを提供できなかったというケースも報告されています。特に、宗教的な信念や死生観が多様化するアメリカ社会では、AIがこれらの価値観を考え合わせてケアすることが求められていますが、これはまだ完全に達成されているとは言えません。
もう一つの大きな課題は、個人のプライバシーやデータの保護です。特に終末期ケアでは、患者の医療情報やデジタル遺産(SNSアカウント、オンラインストレージなど)の管理が重要になります。AIシステムは大量の個人データを扱うため、データ漏洩や不正利用のリスクが高まり、プライバシー保護に関する規制が重要視されています。2023年の「Statista」の調査によると、アメリカ人の約60%が「自分の医療情報やデジタルデータがAIによってどのように利用されているのか不安を感じている」と回答しており、ユーザーの安心感を高めるためのさらなる努力が求められます。
グローバル化するAI終活
AI終活への関心は、日本やヨーロッパ諸国などでも高まっています。どの国でも業務の効率化という点で、AIがもたらすメリットは大きいのですが、国ごとに文化的な違いがあるため、単純にアメリカをモデルケースに導入を進めるわけにはいかないようです。
アメリカではAIを用いた「リビング・ウィル」(生前の意思表示書)や「尊厳死」選択のサポートが、一人ひとりの宗教的・倫理的な価値観に沿ったものになるように調整されます。それに対して日本では、家族やコミュニティを重視する文化が根強く残っているため、AIが関与する終活では、家族とのつながりやコミュニケーションの円滑化に重点を置いて進められるよう設計していかなくてはなりません。こうしたサービスはアメリカの事例を参考にしながらも、日本特有のニーズに応じたカスタマイズが必要になるのです。
AI技術はグローバルな終活においても大きな可能性を秘めています。特に、国際的なライフプランニングや相続計画をサポートするためのAIシステムが登場しつつあり、複数の国にまたがるデジタル遺産の管理が一元化されることが期待されています。アメリカのスタートアップ企業がこの分野の先駆けとなっており、今後はヨーロッパやアジア市場への進出も見込まれています。
終活映画『アンドリューNDR114』
2000年公開の『アンドリューNDR114』(原題『Bicentennial Man:200歳の男』)は、20世紀SF界の巨匠アイザック・アシモフの同名小説の映画化。ロボットが人間になるまでを描いた、コミカルで娯楽的要素に富んだ作品ですが、終活の視点から見ると、そこに深いテーマが浮かび上がってきます。
家庭用ロボットとして製造された主人公アンドリューは、次第に感情や自己意識を持つようになり、人間に近づくための変化を求めます。彼は自らの寿命を延ばすだけでなく、死というものを受け入れ、最終的には人間としての「終活」を選択する――というストーリーです。
アンドリューが最終的に「死」を受け入れる過程は、終活が単なる計画ではなく、個人の人生に対する深い理解や、価値観に基づいた決断であることを示しています。テクノロジーが進み、AIやロボットが社会に普及し始めた今だからこそ、命の有限性や人間らしさとは何か? そして、人間として生きて死ぬとはどういうことか? 私たちはこの映画を見て考えることができるでしょう。