【世界の葬祭文化12】エリザベス2世の“完璧な終活”はイギリス社会へのラストメッセージ!?
イギリスの国家元首で、絶大な存在感を示したエリザベス2世。その美しく荘厳な国葬は世界中の人々の耳目を集めました。その後話題になったのは、国葬は女王自身が準備してきた「終活」の賜物だったことです。報道などでその事実が明らかにされるにつれ、国民は終活の重要性を認識し、社会全体でさまざまな変化が起こったと言われています。女王の国葬が、イギリス社会にもたらした影響とは何だったのでしょうか?
世界が見守ったエリザベス女王の国葬
1952年から70年におよんだ治世の終焉。2022年9月8日、イギリスのエリザベス女王が96歳で逝去し、その11日後の9月19日午前11時(現地時間)から国葬がロンドンのウェストミンスター寺院で行われました。その様子は世界中に生中継され、41億人が観たと言われています。
日本では同日午後7時からNHKがニュース枠を広げて放送。ちょうど祝日(敬老の日)で三連休の最終日だったこともあって、この世界の歴史の変わり目を大勢の人が視聴しました。美しく荘厳な式典をまだ記憶に留めている人も少なくないでしょう。
国葬はイギリス王室の伝統と威信を世界に示すものでしたが、さらに関心を集めたのは、50年以上も前から女王自身がその内容を練り上げていたということです。政府はこの計画に「オペレーション・ロンドンブリッジ(ロンドン橋作戦)」というコードネームを付け、長年にわたって準備を進めてきたといいます。
完璧な終活は完璧な準備から
女王の遺体はウェストミンスターホールで4日間の正装安置したのち、ウェストミンスター寺院で葬儀を行い、葬列を組んでロンドン市内を巡回。葬列はバッキンガム宮殿前から続く大通り「ザ・マル」を経て、ハイドパーク入口にあるウェリントンアーチに到着後、棺を霊柩車に移動。全面ガラス張りの霊柩車は、ロンドンから34km西にあるウィンザー城まで走行し、城内の聖ジョージ礼拝堂で埋葬式を執り行う――。
女王が逝去してすぐに王室から首相や関連部署へ“London bridge is down.”という暗号が送られ、これら一連の「ロンドン橋作戦」が発動したのです。
エリザベス女王は25歳で即位して間もなく、自身が亡くなった時の国葬について、秘書官や家族などの王室関係者、また、首相や内務省などの政府関係者、さらに王室行事の専門家らと継続的に話し合ってきました。
内容や段取りは社会状況や国民感情などを反映しながら何度も改定され、女王はそのすべてを確認。国家元首という立場上、いつ何が起こっても問題なく周囲が動けるように万全の用意を整えてきたのです。
その結果、国葬は詳細にわたってイギリス王室の伝統と現代的な要素を融合させたものとなりました。その代表的なものがロケーションです。
先代・先々代国王の葬儀が行われたのはウィンザー城でしたが、女王はロンドンの中心にあるウェストミンスター寺院を選びました。より多くの国民に別れを告げたいという気持ちの表れだったのでしょう。霊柩車の天井や側面をすべてガラス張りにしたのも、沿道にいる人々から棺が見えるようにしたいと考え、女王自身がデザインを提案したと言われています。
隅々にまで自分の思いを込めて、なおかつ伝統に反することなく、また、王室の威信を落とすことがないよう、綿密にプランニングした国葬は、まさに「完璧な終活」の結果だったと言えるでしょう。
女王の終活と国葬の影響
国際統計・国別統計専門サイト「GLOBAL NOTE」によると、2022年のイギリスにおける人口の高齢化率(全人口に対して65歳以上が占める割合)は、他のヨーロッパ諸国と比べて低めですが、それでも65歳以上の人口は19.17%(日本は29.92%)と2割近くを占めています。この割合は今後、ペースアップしていくと見込まれており、2030年までに人口の約25%、つまり4分の1が65歳以上になると予測されています。
こうした社会状況を背景にして行われたエリザベス女王の国葬、そしてその準備を指示した「ロンドン橋作戦」は、イギリス国民に終活の重要性を広く認識させ、多くの人々が自身の終活の計画を見直すきっかけを作りました。
国葬を見た家庭では、家族の間で自然に終活について会話することができるようになり、遺言の作成や終末期ケア、葬儀の希望などを具体的に話し合い始めたといいます。
また、国葬は国民全体を一つにするイベントとして機能したため、コミュニティ内での支援や結束の重要性が強く意識されるようになりました。それによって地域社会での互助活動やボランティア活動が活発化し、高齢者が抱えがちな孤独感を減らす取り組みが進められています。
最後のメッセージは終末期ケアの大切さ
こうしたさまざまな影響のうち、特に注目に値するのが終末期ケアに関する新しいサービスです。エリザベス女王の死因は「老衰」とされ、晩年に終末期ケアを受けていたという情報は公開されていません。
しかし、移動のときに杖が必要、公式行事への出席を大幅に削減、そして2022年初めには新型コロナウィルスに感染するなど、健康不安はしきりにささやかれていました。
それにも関わらず、最期まで国家元首としての務め(最後の公務は逝去の2日前、9月6日に行ったリズ・トラス新首相の任命)を果たすことができたのは、やはり普段から手厚い健康管理、医療的サポートを受けていたからでしょう。
高齢化社会において誰もが尊厳ある最期を迎えるためには、医療や介護の質の向上が絶対必要だということを、女王はその身をもって発信した、イギリス社会に向けた女王からのラストメッセージだったのかもしれません。
「ホスピスUK」の支援プログラム
エリザベス女王の死後、間もなくして政府や医療機関が終末期ケアの質を向上させるための政策やプログラムを強化する動きがスタートしましたが、その代表的な団体(保証有限会社=非営利団体)が「ホスピスUK」です。
同社はイギリス全土のホスピスにおける緩和ケア、および終末期ケアに関する資金調達や教育・研修などの支援策を提供。各地のホスピスの活動が長期にわたって継続できるよう支援するプログラムを開始しました。このプログラムには、すべての人々が平等で適切なケアを受けられるようにするための取り組みが含まれています。
ホスピス発祥国ならでは終末期ケア実践活動
2024年6月現在、イギリス全土でホスピスはおよそ200施設あり、年間約30万人の患者とその家族にサービスを提供しており、その数は今後さらに増加すると予想されています。
ホスピスUKは、ホスピスケアの提供を支援するために、地域社会や政府、慈善団体と協力して、持続可能なケアモデルを構築するための様々な取り組みを行っています。また、ホスピスケアの重要性を国民に広く認識してもらうための啓発活動も行っています。
イギリスでは1967年、シシリー・ソンダース医師がロンドンに世界で初めて「セント・クリストファー・ホスピス」を開設。ホスピスケアの発祥国として、終末期ケアの概念とその具体的モデルを世界中に広めました。イギリスにおけるホスピスの活動、終末期ケアの実践は、日本をはじめ、高齢化が進む他の国々に対して今後もより大きな影響力を与えていくのではないでしょうか。
映画『エリザベス 女王陛下の微笑』
イギリス国民の終活、そして人生に対する考え方を変えるきっかけを作ったエリザベス2世の国葬。その記憶は今もじわじわと生活に浸透し続けており、今後数十年にわたって社会を動かしていくでしょう。
その女王の人間的魅力を浮き彫りにしたと評価されているのがドキュメンタリー映画『エリザベス 女王陛下の微笑』です。子ども時代(1930年代)から晩年までの膨大なアーカイブ映像から、普段見ることのできない女王の素顔が切り取られた瞬間を集めて編集。ザ・ビートルズやマリリン・モンローといったスターから歴代の著名な政治家まで登場し、20世紀から21世紀にかけての世界の移り変わりも楽しめます。
公開は死のわずか3か月前、2022年6月。プラチナジュビリー(在位70周年)を祝う意味での公開でしたが、いま振り返ると、この映画の制作を承認したこともエリザベス女王の終活だったのかもしれません。