【世界の葬祭文化10】「デス・ポジティブ・ムーブメント」が世界の葬儀・供養を変えていく
いま欧米を先頭に、エコロジーの普及、テクノロジーの発展によって、従来の土葬や火葬とは異なるスタイルの葬儀・供養が生まれています。日本でもわずかこの5、6年のほどの間に樹木葬や海洋散骨などが当たり前の選択になりました。 これから世界の葬儀・供養はどう変わっていくのでしょうか。最終回である今回は若い人たちを中心に広がる「デス・ポジティブ・ムーブメント」に焦点を当ててみたいと思います。
死を肯定的に捉え、タブーを取り払う
これまで、人の死について口にすることは世界中のほとんどの国・地域でタブー視されてきました。しかし、死があるからこそ、今ここにある「生」が大きな意味を持つ。「よりよい生のために、死を肯定的に捉える」というコンセプトのもと、最近、米国や英国などで話題を集めているのが「デス・ポジティブ・ムーブメント」です。
デス・ポジティブ・ムーブメントは、死を遠ざけてきたこれまでの習慣を見直し、死という概念について考え直す活動で、それを形にした「デスカフェ」では、死についてオープンに語り合おうというイベントで、2011年頃からイギリスやアメリカで数多く開かれるようになりました。
死を自然に受け入れる文化の復権
デス・ポジティブ・ムーブメントの背景には、「死を否定する文化」へのアンチテーゼがあります。かつては洋の東西を問わず、多くの人が自宅で死を迎え、家族や地域の人たちに看取られ、自宅、もしくは地域の宗教施設などで葬儀をあげ、死を自然に受け入れていました。ところが20世紀後半以降、とくに先進諸国においては、こうした伝統的な死の在り方、葬儀・供養の文化に変化が生じます。
大量生産、大量消費によって経済・産業活動が活発になり、豊かな社会が実現すると、死は必要以上にネガティブに捉えられ、人の目から隠されるようになりました。また、医療の目覚ましい発達もあって、人が死ぬ場所は自宅ではなく、病院や高齢者施設であることが圧倒的多数になりました。
ある統計によると昨今、自宅で亡くなる人は米英では20%強、日本では13%に過ぎません。このような環境変化に対する反省から、かつてのように「死を自然に受け入れる文化」を取り戻したい――。そんな思いを抱く人が少しずつ増えてきているのです。
宗教が影響力を持たない時代
人々の宗教離れは、死を遠ざける大きな要因のひとつになっています。古来、「死とは何か」を説き伝える役割を担っていたのは宗教であり、人は生きていく上で悩み、迷い、困ったことに直面したときには、地域の教会や寺院に通って聖職者と対話をするのが常でした。しかし、それも社会が豊かさを増すにつれて、人々は、宗教に価値を認めなくなってきたのです。
さらにはインターネットの普及によって、人々は教会や寺院へ相談しに行く代わりに、インターネット検索で回答・対処法を探し、問題解決を図ろうとしています。今後、AIの普及とともにこの傾向にますます拍車が掛かるでしょう。
2019年に米国のシンクタンクが公表した報告書によれば、「20年前と比較して宗教が果たす役割は失われたと感じる人」は米国で58%、カナダで64%、欧州でもおよそ半分の国で同様の傾向が見られたそうです。かつては社会で重要な役割を担い、人々の生活を精神面で支えていた宗教は、いまやその存在感が薄れ、影響力を発揮できなくなっているのです。
死の再認識がポジティブな行動に結びつく
時代の変化とともに、人々はいつしか自分や家族のもとに訪れる死について、宗教を介さずに自分自身で考えるようになってきています。さらに、科学実験を含む研究調査で明らかになってきたのは、死を認識することによって人々はより良い「生」に導かれるということでした。
たとえば、米国の科学情報誌『サイエンス・デイリー』には、死の再認識がポジティブな行動に結びつく――2010年に行われたドイツ・ライプツィヒ大学の実験では地球環境保全の意識が高まる中、実験参加者に死を再認識させると、よりサスティナブルな行動をとるようになった――という論文が掲載されました。
死を意識することによって、自分自身の価値観や死生観を見直す。そうした前向きな姿勢は心身の健康を保つのにもプラスに働くのだと、その論文の中では解説されています。
命は再生し、地球の一部となるという希望
本連載で紹介してきたいわゆる「エコ葬」の数々も、死を肯定的に捉えようとする「デス・ポジティブ・ムーブメント」とリンクして生まれてきたものと言えるかもしれません。
水火葬(アルカリ加水分解葬)や堆肥葬、フリーズドライ葬、キノコ葬といった新しい葬送スタイルは、いずれも共通する特徴を持っています。それは従来の土葬や火葬と違って、環境に負荷をかけずに土に還ること、地球の循環システムの一部になることであり、SDGsの理念に叶うものです。
自分の命は朽ちたり燃えたりして消えてしまうのではなく、地球の一部として再生する。そう考えることができれば、死をやみくもに恐れたり遠ざけたりする必要がなくなり、一種の希望さえ抱くことさえできるようになるかもしれません。死を肯定的に受け止める、まさにポジティブな心の動きが見えるような気がしませんか。
若い世代がつくる新しい葬儀の数々
化石燃料に依存した経済活動や産業活動が地球の環境を脅かしているという認識は、今後の社会を担うミレニアル世代、そのあとに続くZ世代において、より顕著に持っているようです。デジタルネイティブである若い世代はテクノロジーの扱いに長けており、葬儀の分野においてもスタートアップ企業として先進的なテクロジーを駆使したサービス、つまり、DX化を進めた葬儀サービスの提供を始めています。
たとえば、オランダでは葬儀中にリアルタイムで故人にまつわる写真やビデオを壁に映し出すという新感覚の葬儀場がオープンしました。アメリカにある納骨堂では、骨壷を置く棚にQRコードが取り付けられ、それをスマートフォンで読み取ると、故人の歴史や思い出にまつわる動画を閲覧できるというシステムが導入されています。他にもAI技術を使って、死後も故人と会話できるサービスも登場しました。
これからもテクノロジーの力をフル活用することによって、葬儀・供養全般の在り方は多様化し、先進的な選択肢が次々に生み出されていくことでしょう。
あなたはどんな葬儀を選択しますか?
この20年ほどの間に、日本を含めた先進諸国は否応なく多死社会に突入します。エンディング関連の市場規模はどんどん膨らんでおり、今後もさまざまな形の革新的なサービスが登場するでしょう。
故人も、故人を見送る立場の人も、どちらも世代交替が進み、変化の速度はますます上がっていきます。情報の流通・拡散速度のスピード化と考え合わせると、伝統的な葬儀・供養のあり方が一気に変わる可能性も十分考えられるのではないでしょうか。
世界に広がるデス・ポジティブ・ムーブメント。死について語り合うことに抵抗を覚える人が多い一方で、死を認識することがより良い生を育むという考え方に共感する人も決して少なくありません。あなたは身近な人たちの死を肯定的に受け入れることができるでしょうか?
もし、あなたの大切な人が自然に還りたい、地球の一部になりたいと希望したら、それを実現するために堆肥葬を選択することができるでしょうか?なにより、あなた自身はどんな葬儀を選択しますか?