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【世界の葬祭文化25】棺の購入はスーパーやネット通販で!? ~激変する世界の葬送ビジネスと棺事情~

【世界の葬祭文化25】棺の購入はスーパーやネット通販で!? ~激変する世界の葬送ビジネスと棺事情~

2019年公開の終活映画『私の小さなお葬式』では主人公の老婦人が自分の棺を運ぶシーンは印象的でしたが、これはもう劇中の話ではありません。アメリカでは大型スーパーマーケットで棺が販売され、日本でもネット通販で購入できる時代です。さらに日本で使われる棺の大半は中国の小さな町で生産されているという意外な事実も。今回は人が最後に身を納める棺について世界のビジネス事情と、変わりゆく葬送文化をレポートします。

映画が描いた「マイ棺」時代

映画 イメージ

映画『私の小さなお葬式』をご覧になったことがあるでしょうか? 2017年のモスクワ国際映画祭で観客賞を受賞したこの作品は、仕事人間の息子を思いやって自分のお葬式の準備を始める老婦人の、ちょっとコミカルなヒューマンストーリーです。終活に勤しむ彼女は、物語の冒頭で自ら役所や遺体安置所に出向き、どこで手に入れたのか、棺を台車に乗せて自宅に持ち帰ってきます。思わず目が点になってしまうようなシーンですが、自分で自分の棺を、あるいは家族の棺を用意する――これがもはやフィクションではない時代が訪れています。

ひと昔前まで棺は葬儀社が用意してくれるものでした。ところが今、アメリカではスーパーマーケットで売られており、日本でもネット通販で手軽に購入できるようになっています。「人生最後の買い物」と言われた棺が、まるで家具を選ぶように気軽に選べる時代になったのです。

棺桶はスーパー、または通販で

大型スーパーマーケット イメージ

「今日の買い物リストは、トイレットペーパー、洗剤、アルミホイル、ゴミ袋、それから、棺桶」。アメリカではこんなジョークに近い現実があります。日本でもおなじみの「コストコ」など、大手スーパーマーケットでは、店舗で棺桶や骨壺を手頃な価格で販売しているからです。価格は約900ドル(約13万円)から1,299ドル(約16万円)で、通常の葬儀社が用意する棺の価格が平均2,000ドル(約30万円)であることを考えると、半額かそれ以下。かなりのコスト削減になります。

また、同店のオンラインショップでは、ドラマや映画の葬儀シーンでお目にかかる、重厚な家具のような棺桶も激安で販売されています。木目の美しいマホガニー製や銅製のものは、葬儀社が用意する場合、通常1万ドル(約150万円)以上するものもありますが、コストコのネット通販ではそうした高級品も3分の1程度の値段で買えるのです。

ただし、生前に購入したり、取り置きしたりすることはできず、購入時には利用者(故人)の氏名などを申告する必要があります。とはいえ、中3日で配達可能というスピード感は、さすがアメリカの物流大国ぶりを示しています。

こうした棺の販売手段には、もちろん葬儀社側から強い反発が起こりました。貴重な収入源を失うことになる葬儀社が「持ち込み手数料」を課すという対抗策に出たのです。しかし、アメリカの法律は消費者の味方で「葬儀社は第三者から購入し持ち込まれた棺桶の使用を拒否してはならない」という規定があり、この問題はすぐに解消されました。

さらに驚くのはコストコで販売している棺桶は通常の返品・交換のポリシーにも合致しているということ。もちろん実際に返品する人がいるかどうかは別として、この「何でもあり」の姿勢がアメリカらしいと言えるでしょう。

返品不可、サイズ確認必須

アメリカだけでなく、南アフリカの大手オンライン販売サイト「Takealot.com」でも棺桶が販売され、大きな議論を巻き起こしました。ダークブラウンの木製棺が約3万1千円で送料無料。ただし「返品不可」で「サイズ確認必須」という注意書きが付いています。

死に対して尊厳と畏怖のイメージが強い南アフリカでは、この棺の販売に賛否両論が噴出しました。「素晴らしい棺を手ごろな値段で購入できるなら買うでしょう?」という販売側の声がある一方で、「家族があなたの棺をオンラインで、しかも割引で購入したらどう思う?」「彼女と別れた後に、Takealotから棺が送られてくるなんてことがあるかも」といった皮肉めいたコメントも寄せられています。

他にも南アフリカ最大のクラシファイド(掲示板)サイト「Gumtree(ガムツリー)」では、65もの棺が2000ランド(約1万2000円)から1万ランド(約6万3000円)で販売されています。同社のブランドマーケティングマネージャーによると、食器棚が棺桶に再利用できて節約できるという「カップコフ(Cup-Coff)」という製品を売り出した人もいるそうです。節約と実用性を兼ね備えたユニークな発想ですが、購入する人はいるのでしょうか?

日本の棺事情①通販で「DIY葬」

DIY イメージ

日本も例外ではなく、もう何年も前からAmazonでは棺が購入できるようになっています。現在(2025年10月の時点)は木製の棺が3種類販売されており、価格は数万円から十万円を少し出る程度。最も人気がありそうな商品は、桐製化粧板を木枠に張り付けた木製の商品で、布団が付属品として付いています。値段もリーズナブル。おそらく葬儀社で購入する場合と比べると半額程度でしょう。

この商品のレビューには、現代日本の葬儀事情が如実に表れています。「葬式代を抑えるために使いました。自分で遺体を入れて火葬場に持ち込みました」「家族少なく(全員無宗教)長く特養へ入っていて友達付き合いもないのでひっそりDIY葬に使いました」といったコメントからは、家族の形や宗教観の変化、そして経済的な事情が見えてきます。

また、「棺をネットで購入出来るという時代が到来したかと思うと大変ありがたい」「なによりもその棺の木目の美しさが、アマゾンで棺を買うなんてと思ってた人たち皆を驚かせました」といった前向きなレビューもあります。ネット通販だからといって品質が劣るわけではない、むしろコストパフォーマンスに優れているという評価です。

日本の棺事情②中国・曹県とのつながり

日本と中国 国旗

ここで、あまり知られていない国際貿易の物語をご紹介しましょう。中国山東省の曹県という小さな町が、実は日本で使われる棺の60~90パーセントを生産しているのです。

日本の葬儀文化では桐材の棺が好まれます。桐は軽量で持ち運びやすく、火葬にも適しているからです。曹県は黄河沿いの肥沃な平野を有し、桐の生育に最適な環境が整っています。2000年代初頭からこの町は日本向けの棺製造の一大拠点となりました

棺を完成させるには通常30以上の工程が必要で、そのほとんどが手作業です。興味深いのは、日本の顧客の厳しい要求です。作業員は作業前に手を清潔にし、爪まできれいにすることが求められます。外観に少しでも欠陥があれば返品されてしまうため、ベテラン職人による丁寧な仕上げが必要とされます。

当初、地元の人々は棺作りなど縁起が悪いと恐れる傾向がありました。しかし、ある工場経営者は話します。「見た目では棺だとは分からないでしょう。パッケージもとても良くて、まるで芸術作品のようです」。実際、赤、青、緑、白、黒など様々な色の棺があり、外装の装飾は、滑らかな表面の棺、刺繍入りの棺、彫刻入りの棺、革張りの棺など。中には、桜模様の棺や、四面に白いレースを織り込んだ藤模様の棺など、ユニークなテーマの棺もあり、バラエティに富んでいます」

日本で利用する棺の製造は、依然として労働集約型産業であるため人件費の高騰が響きます。曹県のメーカーの責任者は、「日本の習慣や習慣の変化に合わせて、リアルタイムで新しいデザインが開発されている」としながらも、「これ以上、手作業を続けるのは限界があり、人件費削減のために自動化が必要である」と訴えています。

棺選びは自分らしいエンディング選び

棺 イメージ

年間270万回の葬儀が行われ、市場規模が約2兆円に達するアメリカでは、伝統的な土葬から火葬にシフトしつつあり、1970年代にはわずか5パーセントだった火葬率は、2019年には55パーセントに増加。2030年までに71パーセントになるだろうと予測されています。火葬のほうが環境に優しく、費用も安いというのがその理由で、若い世代は従来の型にはまった宗教的儀式と高額な葬儀費用に疑問を持っているのです。

そうした葬儀スタイルの変化や考え方とともに、棺の需要も進化しています。最近では遺体をそのまま埋葬して土中の微生物に分解させ、やがて土に還る「堆肥葬(循環葬)」も注目されていますが、この葬法だと棺は分解可能な素材のものになるか、そもそも不要になるでしょう。

日本でも、家族の形態や宗教観の変化、経済的な事情から、葬儀のあり方が多様化しています。ネット通販で棺を購入し、自分たちの手でお見送りをする「DIY葬」も登場してきていますが、「棺を選ぶ行為は、最後の旅立ちをどう迎えるか、どう見送るかを考えること」だとすれば、その人らしい葬儀のあり方を考えた末の結論とも言えるでしょう。スーパーで買おうが、ネットで注文しようが、大切なのは故人への思いと、残された人々の心です。形式にとらわれず、自分らしい最期を選べる時代になったことは、案外悪くないのかもしれません。

〈参考資料・サイト〉

映画『私の小さなお葬式』

量販店で購入する葬式セット

グローバルタイムズ 「曹県の人々は最後の旅に出発する日本人の世話をします」

グローバルタイムズ「中国の内陸の小さな県が日本の棺の90%を製造」

チャイナデイリー Caoxian county's specialized coffins prove popular in Japan

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