【世界の葬祭文化17】2024年は終活文化の岐路になる年! ~フランス映画が問う、自立した人生の最期とは~
フランスでは、高齢化社会の進展とともに「終活」が、今後の社会における重要な課題として注目されています。近年、話題になった終活映画『母の身終い』や『パリタクシー』は、人生の最期をどう生きるかを問いかけ、深く考えさせる名作です。これらの物語を通じ、フランスの終活文化の発展と、この2024年に行われた重要な法案(事実上の尊厳死容認)によって、今後どんな影響が広がっていくのかを見ていきましょう。
『母の身終(みじま)い』に込めた尊厳死と家族の絆
フランスは映画発祥の国として、恋愛や家族愛や人生の機微を描いた、数多くの名作を世に送り出し、20世紀の映像文化を育ててきました。近年のフランス映画界は、進展する高齢化社会を反映して、終活をテーマにした映画も盛んに作られています。2012年公開の『母の身終い』は、その代表作と言えるでしょう。
同作は、不治の病に冒された母親とその息子の関係を通じ、「尊厳死」をめぐって展開する人間ドラマです。母親が「自分らしい最期」を求め、尊厳死が認められている隣国スイスで、最期を迎えるという決断は、息子にとっては受け入れがたいものでした。しかし、物語が進むにつれ、母と息子は互いの思いを再確認し、長年の葛藤を乗り越えながら深い絆を結んでいきます。
この作品の最大のポイントは「人生の最期をどう迎えるべきか?」という問いかけにあります。母親は自らの死を主体的に決めることで人生を締めくくろうとします。それに対して息子は、その決断を尊重することで、初めて母への愛情を示すのです。
成熟した〈フレンチ終活映画〉への反響
この親子の物語は、観客にとっても、人生の終わり方、そして家族との向き合い方を考えるきっかけとなるでしょう。ここでは終活は、葬儀のプランニングや相続の手続きといった単なる準備作業ではなく、家族の絆を再構築する貴重な時間であることを示唆しています。
この映画は日本で公開された時(2013年)も、多くの人の間で波紋を呼びました。特に終末期の在り方に関心を寄せる文化人・芸能人は、現代の先進国社会において、たいへん意義深い作品として評価しています。
当時、ガンを患い闘病していた女優の樹木希林さん(2018年9月死去)は、「残された人生の時間がふつうの人より短い私にとって、主人公の究極の選択には心が揺さぶられました。(中略)成熟したフランス映画に役者としておおいに嫉妬しました」と、コメントを残しています。
「死への積極的援助」を認める法案提出
『母の身終い』の公開から12年を経た2024年3月、フランスでは、「死への積極的援助」を認める新たな法案が提出されました。これは「終末期の患者が医師の支援を受けて致死薬を選択できるようにする」という内容で、事実上、安楽死や自殺ほう助が認められることを意味しています。この法改正は、ひとりひとりの自己決定権を重視するフランス社会の価値観を反映したもので、支持者たちは「患者自身の尊厳を守るための選択肢が大幅に広がった」と高く評価しています。
しかし、宗教界や保守層からの反発も小さくありません。特にカトリック教会は、「生を全うすることが人間の義務である」とし、倫理的な懸念を表明しています。この法案は2024年11月現在もまだ審議中であり、具体的な法制化の進展は引き続き議論されていますが、今回の法改正は社会的議論をさらに活性化させ、尊厳死や安楽死をめぐるフランス人の価値観に大きな一石を投じることになっています。
最期まで自立して生きることを望む高齢者
フランスにおけるこうした法制化とそれに伴う議論は、最近になって突然始まったわけではありません。すでに1978年には「自己の死を生きる権利に関する法案」が提出され、鎮痛以外の積極的な治療を行わない「消極的安楽死」が法制化されていました。加えて2016年からは、終末期患者に対する延命治療の拒否と鎮静薬の投与が認められ、苦痛を緩和する措置が取られています。
これらの法制化は、個人の権利を重視するフランスの文化的価値観と、歴史的に培われた人権意識の影響を強く受けています。高齢になったからといって、子どもや家族に頼って同じ住居で暮らし、面倒を見てもらうというフランス人は多数派ではあまりありません。
特にパリなどの都市部では、健康を損ない、体が不自由になったとしても、高齢者は可能な限り、最期まで自立した個人として一人で暮らすことを望むといいます。しかし、孤立や孤立死が深刻な社会問題になっていることは日本をはじめ、他国と同様の状況です。
MONARISA:高齢者の社会的孤立と闘う国民連帯
フランスで高齢者の孤立防止策が本格化し始めたのは、2003年夏にヨーロッパを襲った熱波による猛暑被害からです。この熱波によって多くの高齢者が孤独の中で命を落とし、政府と地域社会に強烈な危機意識を植え付けました。
そこで2014年に創設されたのが、包括的支援プログラム「MONALISA(モナリサ)」です。これは「MObilisation NAtionale contre L'ISolement des Ages」の略称で、意訳すると「高齢者の社会的孤立と闘う国民連帯」。市民が地域のNPO、市民団体、地方自治体、専門家とつながり、自宅訪問、買い物の介助など、国民全体で高齢者の孤立を防ぐ取り組みです。
また、この頃から高齢者専用施設やサービス付き住宅が増設され、交流の場を提供することで孤立感を軽減する取り組みも進んできました。
新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい。高齢者の孤立がますます深刻化した2020年以降は、デジタル技術を活用した遠隔医療やオンラインサポートサービスが拡充されるようになり、高齢者が自立した生活を送るための新たな支援の形として注目されています。
日本はフランスの終活から何を学べるか
先進諸国では高齢化社会の進展に伴い、国全体で取り組む終活の重要性がますます高まっています。フランスの場合は、孤立死や孤独の問題を防ぐための政策と、自己決定権を尊重する法律の整備が大きな特徴と言えるでしょう。こうした社会的支援が、高齢者が主体的に終活に取り組むモチベーションになっている点も見逃せません。
包括的な支援制度、「MONALISA」などの国民全体が意識的に取り組むサポートプログラムの導入は、日本でも応用可能と考えらえています。高齢者が孤立することなく、自己決定を尊重した終活を進められる——そんな社会を築くためには、終活が、人生を振り返り、自分らしい最期を迎えるための大切なプロセスであること、それをひとりひとりがしっかり認識すること、そしてその認識を皆が共有し、社会通念にしていく必要があるでしょう。
もうひとつの終活映画『パリタクシー』
フランスでは最近、また感動的な終活映画がつくられ、大ヒットを記録しました。それが2023年4月に公開された『パリタクシー』です。内容は、人生に行き詰まったタクシー運転手が、自宅から施設に移るという92歳の老婦人を乗せて、ともにパリの街を巡るというもの。わずか数時間の旅の中で二人は互いの人生を深く見つめ直し、心を通わせます。
老婦人が秘めた過去は、第2次大戦後のフランス社会における女性の歴史を集約したかのような、波乱に満ちたドラマです。パリを巡る旅は、最期の時を迎えるために彼女が人生を回想し、恋愛、結婚、子供、社会を変える闘いなど、その思い出のひとつひとつと向き合う有様が描かれていきます。
タクシー運転手も彼女に刺激され、自らの生き方に新たな価値を見出し、未来に向けて前向きな一歩を踏み出すきっかけをつかみます。ときにユーモラスで、ときに哀愁を帯びたこの物語は、終活が家族や友人、そして自分自身と語り合い、過去を受け入れていくための深いプロセスであることを観る者に伝えるのです。パリの街の美しい風景と、人生の機微を描くストーリーが重なる「パリタクシー」。終活が人生を締めくくるだけでなく、新しい視点を与える可能性を秘めていることを、フランス映画ならではの楽しさと深みで実感させてくれるでしょう。
参考サイト
フランスの高齢化社会における孤立防止対策と社会的支援 Clair Report No.533 (March 16, 2023)自治体国際化協会パリ事務所
FRANCE高齢化その課題と取り組み1 高齢化の主な傾向と課題ILC-FRANCE代表者Françoise Forette, M.D.パリ市議会議員精神科医、Broca病院理事長