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特集

【片岡鶴太郎さん特別インタビュー02】今日を精一杯生きていく

【片岡鶴太郎さん特別インタビュー02】今日を精一杯生きていく

役者や画家など、新しいことに挑戦し続けてきた片岡鶴太郎さん。今回は、自身が芸人、役者を志すきっかけとなった人物や大切な人との別れについて、語ってくれました。

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渥美清さんのように

—これまでに自身が経験した忘れられない別れはありますか?

渥美清さんとの別れは特別ですね。私が芸人を目指したのは、渥美清さんに対する尊敬と憧れがあったからです。子どもの頃から渥美さんのドラマをたくさん見てきましたから。

役者になってからは、渥美さんのような、喜劇やペーソス、そしてシリアスな芝居ができる役者になりたいという想いもありました。

—実際に渥美清さんとはお会いしましたか?

渥美さんが、私の出演した舞台を観に来てくれたことがあります。演出家の先生が渥美さんと交友があり、私が渥美さんのことを尊敬していると本人に伝えてくれていたんです。

舞台が終わったあと、渥美さんは近くのカフェで待ってくれていました。店に入ると奥の席に座っていらして。

「ああ、渥美さんだ」

その顔を見ただけで、気持ちがぐっとこみ上げてきましたね。

—渥美清さんとはどのような話をしましたか?

私はドラマで板画家の棟方志功の役を演じたことがあります。渥美さんはそのドラマを見てくれていたようで、「鶴ちゃんの志功さん、よかったね」と褒めてくれました。

渥美さん自身も棟方志功を演じた経験があり、私はそれが大好きで、ずっと同じ役を演じたいと思っていたんです。そのことを伝えると、渥美さんは目の前で棟方志功を演じてくれました。

渥美さんは実際に志功さんとお会いして、仕草を見て、話を聞いて、演じています。その演技を目の前で、しかも私のためだけに演じてくれました。涙が溢れてしまいそうでしたね。

最後に「鶴ちゃん、何かあったら電話ちょうだい」と、電話番号を教えてもらいました。それから渥美さんと電話のやりとりが始まり、電話をかけると1時間以上の長電話は当たり前。電話を持つ手が痛くなっちゃってね。持ち手を変えながら、ずっと話していました。

鶴ちゃん、気にすることないからね

—渥美清さんとの別れについて聞かせてください。

私が青森のねぶた祭りの取材に行ったときのことです。会場で「渥美清、死す」というニュースが報じられました。衝撃を受けましたね。渥美さん、病気のことは一切言っていませんでしたから。誰も知らなかったんです。

なんとも言えない気持ちでした。訃報を知って、何をするかって、何にもできない。だから渥美さんの肖像画を描いてみることにしたんです。その肖像画には「渥美さんにあこがれ 渥美さんを慕い この稼業についた」という言葉を書き入れました。

—今でも渥美清さんのことを思い出しますか?

何かあれば渥美さんのことを想っています。また渥美さんからの励ましの言葉は、今でもずっと心に残っています。

私が芸人から役者を志すようになったとき、周りからは「お笑いを捨てた」「お笑いよりも役者のほうが偉いと思っている」など、散々なことを言われました。渥美さんも芸人から役者になったとき、ひどいことを言われたようです。でも渥美さんは「鶴ちゃん、もし何か言われても気にすることないからね」と言ってくれました。

私がお笑いだけじゃすまない気性だということ。滑って転んで笑われるだけではなく、もっと深いことがやりたいということ。そして役者の道に行ったからといって、お笑いを捨てたわけではないということ。渥美さんは私の想いを代弁してくれるかのように話してくれました。当時、その言葉は本当に心強く感じましたね。

魂は生き続ける

—鶴太郎さんは、大切な人との別れをどのように考えていますか?

ブッダの教えに「会者定離」という言葉があります。会った者とは必ず別れがあるという意味の言葉です。私はこれが真実だと思っています。

だから誰に対しても、別れ際では「これが最後になるかもしれない」と考えています。また誰かに会ったとき、何かすべきことがあれば、忘れずに取り組むように心掛けています。

これは決して別れを惜しまないということではありません。ただ、別れは必ず来るものであり、私はその覚悟ができているだけなのです。

—自身の大切な人との別れについて聞かせてください。

昨年の4月に父を亡くしました。父の姿形はなくなったけれど、日常の中でふと父の気配を感じています。それは故人を思い出すときに感じる、ほのかに温かい感情だと思います。

自分の中で父との記憶を思い起こす。そして、親子という縁で結ばれていたことに感謝する。それを意識しながら1日1日を大切に過ごす。そうすれば魂は生き続けるはずです。

だから私は父が亡くなっても、心のどこかで、それほど大きな差はないと感じています。

—『ひとたび』を読んでくれた方にメッセージをお願いします。

葬式では、多くの方が故人を偲びます。それを終えると、今度は家族や親族らだけで火葬場に向かいます。そして故人を荼毘に付す。非常に現実的ですよね。そこで白い姿を見たときが、初めて別れを突きつけられる瞬間だと思います。

しかし、否応なしに明日は来ます。現実に向かっていかなければなりません。何があっても、生きていかなければならないんです。亡くなった方を偲び、感謝して、今日を精一杯生きていく。それが私たちにできることではないでしょうか。

プロフィール

片岡鶴太郎(かたおか・つるたろう)
お笑い芸人、俳優、画家。高校卒業後、片岡鶴八師匠に弟子入り。声帯模写で東宝名人会や浅草演芸場などに出演。テレビのバラエティ番組への出演を機に、お笑い芸人として絶大な人気を集める。1988年、ボクシングのライセンスを取得。俳優としても、ドラマや映画、演劇などで活躍。1989年、映画『異人たちとの夏』(大林宣彦監督)で第12回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。画家としては、1995年、東京にて初の個展「とんぼのように」を開催。2015年、「第十回手島右卿賞」を受賞。2023年、銀座もとじさんとのコラボレーション展覧会『片岡鶴太郎 男の粋を描く』。今回、初めて手掛けた着物の羽織の裏地「額裏」限定15枚をデザイン、展示。

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