閉じる メニュー
特集

【世界の葬祭文化26】「自分らしく旅立つ」時代へ ~個性を映す棺デザインたち~

【世界の葬祭文化26】「自分らしく旅立つ」時代へ ~個性を映す棺デザインたち~

あなたは「最期の部屋」について考えたことはありますか? 実は今、世界中で棺のデザイン革命が起きています。高齢化社会が進む中、「自分らしく生きる」だけでなく「自分らしく旅立つ」ことへの関心が高まり、棺のパーソナライズが大きなトレンドになっているのです。今回は、ガーナの祝祭的なアート棺から、若者を魅了する日本のデコレーション棺まで、世界の棺デザインの最新事情をご紹介します。

ガーナのファンタジー棺

カカオ豆画像 ガーナのイメージ

赤道に近く、カカオの産出国として知られる西アフリカのガーナは、世界の棺デザインに革命を起こした場所と言っていいかもしれません。ここではイギリスの植民地から独立を果たした1950年代、「ファンタジー棺」と呼ばれる独特の棺文化が花開きました。魚、飛行機、カカオの実、タマネギ、携帯電話、さらにはビール瓶や煙草のパッケージまで——故人の職業や趣味、その人が歩んできた人生を個性的なデザインでシンボリックに表現します。棺は単なる埋葬の道具ではなく、故人の物語を雄弁に語る芸術作品として機能しているのです。

この伝統の火付け役となったのは、セス・ケイン・クウェイ(1922〜1992)という大工さんです。彼が若い頃、ある部族の首長のために彼がカカオの実の形をした輿(こし)を製作していたところ、その首長が祭りを待たずに急逝してしまいました。そこで、この輿をそのまま棺として使用したところ、葬儀に集まった人々から大きな反響があったのです。

その後、彼の祖母も世を去ります。空港近くで暮らしていた祖母は、頭上を飛ぶ飛行機に憧れを抱いていましたが、ついに一度も乗る機会に恵まれませんでした。孫として彼女に何かしてあげたい――。そう考えたクウェイさんは飛行機型の棺を製作し、祖母を空の旅へと送り出したのです。「生前叶わなかった夢を、せめてあの世への旅で実現させてあげたい」という深い愛情が込められていました。

この心温まるエピソードが地域の人々の琴線に触れ、彼のもとには次々とユニークな棺の注文が舞い込むようになりました。漁師なら船や魚、農家ならタマネギといった具合に、それぞれの人生を象徴する形がリクエストされたのです。制作費は約1,000ドルと、現地の平均的な収入(1日3ドル未満)からすれば相当な高額ですが、地域のコミュニティが費用を分担し合って注文することも珍しくないそうです。

世界が注目するガーナの職人技

以降、この国では棺づくりに従事する職人が何人も生まれました。現在、首都アクラ郊外で工房を営むエリック・クパクポ・アドーティさんもその一人で、四半世紀にわたってファンタジー棺を作り続けている熟練職人です。ナイキのスニーカーやカメラ、人間サイズのビール瓶、さらには8本足のタコ型まで、依頼主の想いを形にし続けてきました。

ガーナでは葬儀スタイルもユニークです。死を厳粛に悼むのではなく、人生完了という卒業感を尊び、数日間にわたって音楽と踊りに満ちた華やかな儀式を行い、故人が歩んだ人生を祝福します。そこでは報酬をもらって涙を流す「プロの泣き屋」から、棺を担いで息の合ったダンスパフォーマンスを披露する「踊る棺担ぎ」まで登場。故人はファンタジー棺の中で人生最後の盛大なパーティーに見送られながら埋葬地へ向かいます。

1989年、パリの国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)で開催された「大地の魔術師たち」展への出品をきっかけに、ガーナのファンタジー棺は現代アートとして国際的な評価を獲得しました。以来、世界20カ国以上から注文が寄せられるようになり、コレクターズアイテムとして4,000ドル以上の値がつくこともあるとか。エリックさんの工房は今や観光名所となり、絶えず外国人旅行者が訪れる、人気スポットになっています。

世界の棺市場は〈エコ〉と〈エゴ〉の二大潮流

棺市場の二大潮流 二つの道イメージ

視野を広げて世界の棺市場全体を眺めてみると、現在は大きく二つの波が押し寄せています。

ひとつは〈エコ〉=「環境への配慮」です。竹や籐、リサイクル素材といった自然に還る素材を用いた、生分解性の棺に注目が集まっています。終末期においても地球環境に優しい選択をしたいと考える人々が増え、メーカー側も水性接着剤や無害な染料を使った製品開発に注力。また、先進諸国の都市部では火葬を選ぶ人が増加したため、できるだけ環境負荷の少ない棺へのニーズが高まっているのです。

そしてもうひとつが〈エゴ〉=「自分らしさの追求」、つまりパーソナライゼーションです。先進諸国では、故人の個性や価値観、生前の功績を映し出すようなデザインが求められることが増えています。趣味や仕事をモチーフにした棺、信仰や文化的背景を表現したシンボルを施したもの、大切な言葉や記念日を刻んだものなど、バリエーションは無限に広がっており、「最後に入る自分の部屋」も、自分らしさにこだわりたい——―そんな声が世界中で大きくなっているようです。

テクノロジーの進化も見逃せません。3Dプリンターを活用した精密なオーダーメイド制作、ウェブ上での注文システム、バーチャル空間での商品閲覧など、デジタル技術が棺選びのハードルを下げています。また、世界的な高齢社会化を背景に、棺市場は安定的な成長が見込める「景気に左右されにくい」ビジネス分野として、投資家の関心も高まっているようです。

ポップなデコ棺が若者の心をつかむ

SNSで拡散 イメージ

こうした世界的な流れは日本にも届いています。特に注目したいのが、自らを「棺桶デザイナー」と名乗る、布施美佳子さんの取り組みです。

大手玩具メーカーで長年商品企画を手がけていた彼女は、20代の頃、病気や事故で若くして命を落とした何人もの友人を見送る経験をしました。その葬儀に参加して感じたのは強い違和感だったといいます。「センスが良くて個性的だった友人たちなのに、型にはまった伝統的な葬儀では、その人らしさが何も伝わってこなかった。自分が旅立つときには、心から入りたいと思える棺を選びたい」との想いが、2015年のフューネラルグッズブランド「GRAVE TOKYO」誕生につながりました。

2021年に独立してからは、本格的に「棺」そのもののデザインに着手。壁装技術を職業訓練校で学び、自宅で試作を重ねて、お気に入りの布地で彩られたカラフルな棺を完成させると、2023年、クリエイター向けの展示会に出品しました。すると、会場を訪れた10代の女性たちが「可愛い! 入ってみたい」と次々に集まってきたのです。この大きな反響を受けて、都内のファッションビルなどで始めた「入棺体験」が、さらなる反響を呼び、棺の中で花に囲まれて眠る女性たちの写真がSNSで拡散されました。

入棺ワークショップが生きる意欲を呼び覚ます?

そして彼女は自分のアトリエで、よりディープな、死の疑似体験ができる入棺ワークショップを開催。自身の内なる心と向き合った参加者たちが、棺に入って外界から一時的に切り離されることで、日々のネガティブな感情から解放され、本来の自分の気持ちに素直になれるとして、若者たちの自己肯定感を上げ、生きる意欲を引き出す効果があったというのです。

過酷な労働環境で心身ともに疲弊し、「自分が生きている意味なんてあるのか」と思い詰めていた20代の会社員は、体験後に「本当はやりたいことがあったのに、なぜかすっかり忘れていました。今日それを思い出すことができた」と、まるで重い荷物を下ろしたような、晴れやかな表情で語ったといいます。

幼い頃から自らも希死念慮を抱えていたという布施さんは、この活動を通じて、若い人たちの生きづらさを軽減する手助けをしたいと話します。

日本発の棺デザインが世界を変える!

ポップな日本 イメージ

ガーナで始まった、個性を大切にする棺の文化は、今や世界中に広がりを見せています。地球環境への配慮と自分らしさの追求という二つの大きな流れが、棺という葬儀アイテムの在り方を根本から変えようとしているのです。

そして日本では、ポップでキュートなデコ棺が、若い世代の終活ブームと結びつき、単なる「死への備え」を超えた「生き方の再発見」の場を生み出しています。彼女の活動が共感を呼び、後に続く棺作家が現れたり、それらの作品を専門に販売する会社がスタートアップしたり、あるいは、既存の葬儀関連企業が新たな棺ブランドを立ち上げるかもしれません。

さらに興味深いのは、日本のデザイン性の高い棺が海外から注目される可能性です。世界的に高く評価されている日本のポップカルチャーやデザインセンスを活かしたオーダーメイドの棺を海外に輸出したり、ガーナのファンタジー棺とのコラボレーションが生まれたり、あるいは日本で始まった入棺体験が他国でも広まったりすることも考えられます。

自分らしい棺で、自分らしい人生を

自分らしく イメージ

「自分らしい棺」について考えることは、「自分らしい人生」について考えること。魚型の棺で海へと旅立つガーナの漁師も、カラフルな棺で自己を見つめ直す日本の若者も、根っこにあるのは「自分の人生を祝福したい」という普遍的な願いです。

昨今、終活はもはや高齢者だけのテーマではなくなりつつあります。むしろ若いうちから「どう生き、どう旅立つか」を考えることが、日々をより充実させる鍵になるのかもしれません。個性的な棺を作るムーブメントは、ガーナと日本を起点に、これから世界的なうねりとなって広がっていく予感がします。さて、あなたもご自身の「最期の部屋」について、しばし想像を巡らせてみませんか?

〈参考資料・サイト〉

ガーナのファンタジーの棺

ガーナの幻想的な棺職人に会う

棺桶市場 - 芸術、文化、そして消費者の需要が融合したユニークな市場

若者の自己肯定感を上げたい~デコ棺桶デザイナーが「入棺体験」で伝えたいこととは

SHARE この記事をSNSでシェアする