老衰とは?定義や前兆、家族の心構えなどを知っておこう

医療の発展とともに、老衰が原因で亡くなる方が増えているのをご存知でしょうか。本記事では、老衰の定義や前兆、家族ができる心構えについて紹介します。老衰とは何かを正しく把握しておくことで、大切な人との別れを後悔のないものにできるかもしれません。
老衰とは

老衰とは、加齢によって徐々に体の機能が衰えていく状態のことです。厚生労働省の「死亡診断書記入マニュアル」では、「高齢者でほかに記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死」を老衰と定義されています。よって、病気や外傷などが死因の場合や、延命治療など医療が関わった末の死亡は、老衰にはなりません。
老衰の定義には年齢による目安はありませんが、身体機能の低下を考慮すると、90歳以上であれば老衰死とする場合が多くなっています。
体が老衰になる原因は、老化によって体を形成する細胞や組織の機能が低下し、生きるために必要な代謝や免疫などが上手く働かなくなるためと考えられています。
老衰の前兆とは

老衰は、突然起こるものではありません。年齢を重ねるとともに少しずつ兆候が現れ始め、その程度が悪化していくという流れがあります。ここでは、周囲の人が見て分かる老衰の前兆について解説します。
身体機能が低下する
人は、加齢によって体を作る細胞が徐々に減少していきます。それにより、活動に必要な筋肉や臓器も萎縮し、身体機能が低下していくのです。身体機能が低下することで、転倒のリスクが上がる、階段の昇り降りができなくなる、しゃがんだ状態からの立ち上がりが難しくなるなど、日常生活に支障が出るようになります。
寝たきりの時間が多くなる
老衰の兆候が出始めると、最初は睡眠時間が長くなります。次第に声をかけても目を覚まさない程、深い眠りにつくことが多くなります。さらに進行すると、一日のほとんどを寝て過ごすようになっていきます。
一日のほとんどを寝て過ごすようになると、食事を摂る回数が減ることで十分な栄養が摂取できないため、身体機能や脳機能がさらに低下していくという悪循環に陥ってしまいます。
体重が減少する
食べることができなくなり、食事摂取量が減ることで体重が減少します。また、細胞の減少は十二指腸や小腸など食べ物の消化吸収に関わる臓器でも生じるため、栄養素を上手く利用できなくなることも体重減少の原因になります。このように極端な体重減少は、老衰の前兆といえるでしょう。
高齢者においては、老衰以外の原因でも食事が摂れなくなる場合があるため、日々の食事の様子を確認し、早めに対処していくことが大切です。
食事が摂れなくなる
先述の通り、高齢者は加齢による細胞の萎縮によって消化器官が衰えていきます。消化器官が衰えると、消化吸収がスムーズにいかず、次第に食事が摂れなくなります。食事が摂れなくなると、栄養不足によって体中の機能はさらに低下し、老衰がどんどん進行するという悪循環に陥る場合もあります。
食事を摂ることが難しくなってきたら、老衰の進行を少しでも遅らせるために食事以外の方法で栄養を補うことも考えていきましょう。
老衰の前兆が現れてからの経過

老衰の前兆が現れ始めたら、もとに戻ることはありません。そのため、老衰の経過を正しく理解し、本人にとって最適な選択をするのが重要になってきます。ここでは、老衰はどのような経過をたどるのかを解説します。
口から食事を摂ることが難しくなる
老衰の進行に伴い、口から食事を摂ることが難しくなってきます。そのため、口以外からの栄養補給を考えなければなりません。口以外からの栄養補給として、大きく分けると経静脈栄養と経管栄養の二つがあります。
経静脈栄養は、点滴から血管に直接栄養剤を注入する方法です。消化器官を使わないため、消化器官や口腔内に問題がある場合でも、栄養補給が可能です。誤嚥による肺炎のリスクや感染症のリスクが低い点もメリットです。
しかし、胃腸を使わないため、栄養不足、免疫力低下、代謝異常などのリスクは高くなります。また、経静脈栄養で使用する栄養剤は高カロリー、高糖質のものが多く、血糖値が上がりやすい点もデメリットといえます。
経管栄養には、経鼻栄養や胃ろうなどがあり、消化管に直接栄養剤を注入します。胃を使って消化管で消化吸収を行うため、本来の栄養補給に近いかたちでの栄養摂取が可能です。
しかし、やはりデメリットも存在します。経管栄養を行うためには、鼻にチューブを通したり、胃ろうの場合には手術が必要になったります。体への負担は避けられません。また、胃に入った液体の逆流によって誤嚥性肺炎が起こるリスクもあります。
栄養摂取の方法は、消化機能や体の状態をよく考慮した上で選択する必要があります。経静脈栄養を選ぶのか、経管栄養を選ぶのか、それぞれのメリットとデメリットを把握し、本人の負担にならない方法を選びましょう。
眠る時間が長くなる
老衰が進むと、体力の消耗や代謝の低下に伴い、起きている時間が次第に減っていきます。朝起きてもすぐに再び目を閉じてしまったり、昼夜の区別なくまどろんだりする時間が増えます。これは、体が休息を必要としているサインであり、無理に起こす必要はありません。
初めのうちは、呼びかけると目を開けたり、頷いたりする反応が見られますが、次第にその反応も薄れていきます。ただし、聴覚は最後まで残るとされているため、優しく話しかけることで安心感を与えられます。
また、この時期には夢を見るような表情を浮かべたり、昔の記憶を語ったりなどの場面もあり、家族にとっても大切な時間になることがあります。
この眠る時間の増加は、身体の自然な終息に向けた準備の一つであり、静かで穏やかな経過を示しています。
身体が休む準備をはじめる
老衰が進行して眠る時間が大半を占めるようになると、身体は最期に向けてゆっくりと休む準備をはじめます。この段階になると、水分や食事の摂取がほとんどできなくなり、口を開けることも難しくなるのです。意識も次第に曖昧になり、呼びかけに反応することが少なくなっていきます。
中治り現象が起こる
中治り現象とは、進行していた老衰の症状が一時的に回復する現象と定義されています。突然、以前のように会話ができるようになったり、体を動かせるようになったりします。これは、生命を維持しようとする脳の働きによって起こると考えられていますが、原因は明らかになっていません。
症状の回復は家族にとって、とても喜ばしく感じる出来事です。しかし、中治り現象が起こっても、本当に回復したわけではありません。むしろ、死期が近づいていることだと理解し、心構えをしておく必要があります。そのような事象があることを知り、落ち着いて対応できるようにしておきましょう。
呼吸が浅くなる
老衰による看取りの最終段階では、呼吸の変化が目に見えて現れます。呼吸の回数がゆっくりになり、やがて大きな呼吸のあとにしばらく間が空き、その呼吸の間隔がだんだんと長くなっていきます。最期が近づくと、目は閉じたままで、外の世界への反応もなくなり、まるで深い眠りの中にいるような様子になります。
このような自然な最期には、苦しむような様子や痛みを感じているような表情はほとんど見られません。多くの場合、眠るように、静かに、そして穏やかに命の炎が消えていきます。
呼吸が止まっても、すぐに顔色が大きく変わることは少なく、すぐに「亡くなった」と気づかれない場合もあります。その時間もまた、家族にとって最後の心の準備のひとときとなるかもしれません。
老衰の前兆に対し家族に必要な心構え

老衰の前兆が現れたことを受け入れるのは簡単ではありません。しかし、本人も家族も皆が後悔しないために、その時にできることを把握しておくことが大切です。ここでは、家族に必要な心構えについて解説します。
食事内容を工夫する
老衰は、栄養状態が悪いと進行します。しかし、食事を工夫することで必要な栄養が補給できれば、老衰の進行を遅らせることができます。
食事内容の工夫として、家族ができることをまとめました。
食事が食べられる場合
- 本人の好きな物を中心とした食事内容にする
- 喉ごしが良く、食べやすいものを選ぶ
- 見た目や匂いで美味しそうと感じるような内容にする
- 食べたいと思った時に食べられるよう、常に食べるものを用意しておく
食事が摂りにくくなっている場合
- とろみ食やムース食など、嚥下機能や消化機能が低下した人にも食べやすい食事内容にする
- 補食を取り入れ、食事だけでは不足する栄養を補うようにする
食べることは年齢に関わらず、生命を維持する上でとても重要なことです。消化機能を維持するためにも、できる限り口からの食事摂取が好ましいとされています。噛んだり飲み込んだりする動作に問題がないかをチェックし、状態に合った食事内容になるよう工夫しましょう。
積極的にコミュニケーションをとる
老衰が進行して体が思うように動かなくても、家族とのコミュニケーションは生きる活力になります。積極的にコミュニケーションをとるようにしましょう。
会話が難しい場合でも、優しくマッサージをしたり、手を握りながら話しかけたりなどすると、気持ちは伝わるものです。反応がなくても、耳からは聞こえていることもあるため、積極的に話しかけてあげましょう。コミュニケーションは安心感を与えます。心構えとして大切にしましょう。
快適な環境づくりを心がける
老衰で身体機能が低下していても、部屋の温度、衣服、ベッドの角度など、過ごしやすい環境はとても大切です。周りの音がうるさいなど、不快な環境はストレスになる場合もあります。家族は、本人の様子を見ながらリラックスできる環境づくりを心がけましょう。精神的な安らぎの場を作ることはとても大切です。
老衰死に備えての準備

誰しも、家族の死は簡単に受け入れられるものではありません。しかし、老衰の前兆が現れてからは、時間の経過とともにいつか迎える老衰死についても心構えしなければなりません。ここでは、老衰死に備えた家族の準備について解説します。
延命治療の意思を確認しておく
老衰が進むと、医療行為を行わなければ生命を維持できない状態になります。そのような時に行うのが、延命治療です。延命治療では、チューブにつながれた状態で、ベッドの上で何年も過ごすといった場合もあります。本人の意思を確認できないまま、その状態を維持することに悩む家族が多いのも事実です。
延命治療は、それを本人が希望するかどうかがとても重要です。そのためある程度の年齢になったら「事前指示書」を準備しておくとよいでしょう。事前指示書とは、本人が意思表示できなくなった場合にどのような延命治療を希望するかどうかをあらかじめ明示しておく書類です。
老衰の前兆が現れた段階でも、どこで最期を迎えたいか、どこまで医療にかけるのか、食事が摂れなくなった時にどんな栄養補給方法を選ぶのかなど決めて示しておくことで、家族の迷いも少なくなります。
遺言書の準備をする
家族に老衰の兆候が現れる年齢になってくると、遺産相続についても考えなければなりません。遺産相続に関しては、遺言書を残しておくことでトラブルを防ぎやすくなります。
老衰が始まっても、最初は意思疎通が可能です。本人が元気なうちに相談しておくと、遺産の分配などで家族間の争いが起こる可能性も低くなります。
葬儀に関する希望を確認しておく
葬儀は、本人だけでなく家族にとっても大切な儀式です。どのような葬儀にしたいか、参列者はどうするのかなどの希望を聞いておくと、いざという時に混乱しません。必要なこととして、本人が元気なうちに相談しておきましょう。
老衰とはどのような状態なのかを把握し、いざという時に備えましょう

この記事のまとめ
- 老衰とは、高齢者でほかに記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死老衰は、年齢に関わらず身体機能の低下によって食事が食べられなくなったり、寝ている時間が長くなったりなどさまざまな兆候がある
- 老衰の前兆に対して、食事を工夫する、コミュニケーションをとるなど家族ができることを積極的に行うのが好ましい
- できる限り本人の意思を尊重できるよう、老衰の兆候が現れたら延命治療や葬儀などについても話しておくと、いざという時に混乱しない
- 家族は、老衰が進行した先には老衰死があることを受け入れ、後悔のないよう心構えしておくことが大切
家族の死について考えることはとてもつらいことです。しかし、老衰の前兆が現れたらそれを受け入れて準備していくことで、後悔することなく家族を送ることができます。本記事を参考に、万が一に備えて老衰について考えてみてください。
武庫川女子大学生活環境学部食物栄養学科卒業。
管理栄養士として病院に勤務し、患者様の栄養管理及び栄養指導に従事。
糖尿病患者や腎臓病患者を中心に、病状の進行を防ぐための食事指導を行う。食事と健康、美容に関する記事を中心に管理栄養士ライターとして活動中。